見覚えのある医者


 ……闇の中……闇の中……。


「力が欲しいか?」


 真っ暗なのに、その青年の口元だけが、音が発するたびに発光する。この光景は見覚えがある。


「今のお前の力…、確かに人の分を超えてるな」


『チカラ?……そうだ、俺は何もできなかった…何の力も無い…』


「……お前はどうしたいんだ?選ぶのはお前だぞ」


『選ぶ?何を?』


「一つだけ言っておく、放っておけばもう嫌なものを見ないですむ。その辺は安心しろ。」


 暗闇だった空間に光が広がっていく。


――――


「やぁ、また会ったね」


 またしても見覚えのある顔だった。声をかけてきたのは、あの時の男性医師である。


「ここは…、病院ですか?」


「そうだよ、君はまた救急車でここに運ばれてきたんだ。名前は言えるかな?」


 俺は自分の名前をいった。


「うん、葦原あしはら君、今痛むところはあるかい?」


 少し体を動かしてみる。やっぱり痛むのは刺された場所だった。


「お腹が痛みます。力も入らない感じです…。あの、お腹どうなってますか?」


「そうだねー、表面上は出血してないけど、全体が真っ赤になってるね。ちょっと触るから、痛かったら言ってね。」


「痛っ」


 痛いと言っているのに、その若い医者は、入念に触診を繰り返した。名札を見ると亀山 英生(かめやま ひでお)と書いてある。


「うーん、入院してしばらく点滴だね。なんでこんなになったのかはわかる?」


「………」


 俺は答えられないでいる。


「この間みたいなことがあったのかな?」


 亀山先生が少し柔らかい表情になって俺を見ながらいった。


「僕は医者をやってるけどさ、そういうことはあると思ってる方だよ。正直、かなり興味があるね。君に起こったことを、この前みたいに正確に話してもらいたい。その上で僕も医者だからね、いろんな病気の可能性を検証しなくちゃいけないんだけど…。葦原あしはら君も原因がはっきりした方がいいんじゃないかな?」


 この30歳くらいに見える、長めの髪にパーマを掛けたスタイリッシュな男性医師は、本当かどうか分からないが、心霊的なものにも興味があるらしい。黙っていてもらちが明かなかった。ダメもとで、午後の授業であった出来事を一通り話してみる。


――――


 亀山先生は、目を見張って、俺の話を聞いていた。忙しそうに周りで作業をしていた看護士も、いつの間にか手を止めてこちらを向いている。


 亀山先生が「もう一度お腹見せて」といい、上着をめくって、まじまじと痛みのある腹を見た。二人の看護士ものぞき込んでいる。


「はあーん、うーん、なるほどねー」先生は何かを納得したようだ。


「葦原君、見えるかな?このれたお腹の端の方。この間、君がいっていた、侍に切られた跡だというミミズ腫れと、同じような傷があるね。集中的に刺されたところは腫れ上って、この形状が分からなかったということか…」


 先生は、理論的に話をしているつもりだが、感情が抑えきれずに興奮が表に出ていた。心霊好きというのは本当のようだ。


 その後も、二、三質問をされたが、俺も気になっていることを聞いてみる。


「あの、浅妻先生も病院に運ばれたんじゃないですか?」


 亀山先生は少し答えにくそうだった。


「そうだよ、葦原君と一緒にこの病院に運ばれている。病棟は別だけどね。」


 俺は質問を続ける。


「浅妻先生は大丈夫でしょうか?やっぱり俺と同じように、お腹がれていたんですか?」


「そうだね、どちらかというと背中…腰のあたりが腫れてたね。ミミズ腫れでは無かったけど、痛みが出てる場所は葦原あしはら君の話と一致しているね。」


「お腹に…赤ちゃんいたんでしょうか?」


「うーん、そうだねぇ……、個人情報になるからねー、これ以上は立場上いえないな」


 俺は「そうですよね…」とうつむいた。気をつかった亀山先生がヒントをくれる。


「実際、僕も詳しいことは分からないんだよ、そこまで精密な検査をしたわけじゃないしね。でも、個人的な見解で言えば……、今のところ葦原君の説明どおりだよ…。」


 二人の間が沈黙する。


「よし、僕は他の仕事に戻るから、お大事にね。何かあったらすぐナースコールしてください。」


 そういって、亀山先生は自分の仕事に戻っていった。

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