第2章 ~反撃~

見て見ぬふりの終わり①


〝この世ならざるモノ〟の執拗しつような嫌がらせのために、眠れない夜は続いていた。


 霊能者、十二園子じゅうにそのこさんへの電話は、まだしていない。どう両親に話していいか迷っていたからだ。それに、若干だが心霊現象にも慣れてきていた。人の慣れというのは恐ろしいものである。


 夜に眠れないということは〝授業中に、少しでも仮眠を取る必要が出てくる〟ということだった。

 教室内で霊的な気配を感じたとしても、クラスメイトのざわざわした空気が、それをかき消してくれる。

 とりわけ、授業中は友達と会話をしたりする必要もなく、先生によっては多めに見逃してくれた。


――――


 午後の授業のはじまりは、浅妻先生の国語からだ。

 ラフな感じの長いスカート姿で、黒板に古文の重要な部分を書き出している。


 先生に出来るだけ見つからないように、片手をひたいにあて、うつらうつらしていると、教室の隅に、あの中年ナイフ男の霊が現れた。

 浅妻先生の腹部を刺した時以来、たまに現れるが、危害を加える素振りが無く、じっと眺めているだけだった。それが今日はニヤニヤとしている。


 眠気眼ねむけまなこに何気なく見ていると、いつも持っている短めのサバイバルナイフを小刻みに動かしたり、また、大きく振り回したりしながら、先生のいる壇上にゆっくりと近づき始めた。


(またクソ気分の悪いものを見せられる…)


 そう思い、目を閉じようとしたとき、浅妻先生の腹部に、オレンジがかった淡い光があることに気が付く。


(何だろう……? もしかして……!)


 その光に意識を集中する――。


『ドクン、ドクン』


 ほんのかすかな鼓動こどうが聞こえた。俺の眠気が一気に吹っ飛んでいく。


『オギャーオギャー』


 未来の赤ちゃんの鳴き声だろうか、それとも、今、刺されようとしている、命の断末魔だろうか?


〝ガガッガタン〟


 俺はその場に立ち上がる。座っていた椅子が、後ろの池田の机に勢いよいよくぶつかり、大きな音が出た。クラス中が何事かと、こちらに注目している。浅妻先生が言う。


「ど、どうしたの葦原く――」


「やめろ!」


 急に立ち上がった俺に、ビックリして声をかけた先生の言葉をさえぎって、俺は中年男の幽霊に向かって怒鳴った。

 奴の姿が見えていないクラスメイト達は、騒然としている。


 声は中年ナイフ男に届いているようだ。ニヤニヤした顔が一瞬真顔になり、こちらをちらっと見た。しかし、直ぐに薄ら寒い笑いを浮かべ先生の方に向き直る。


(何がおかしいんだ、こいつ?お腹に赤ちゃんがいること分かってて刺そうとしてんのか?)


 目の当たりにしている光景が、あまりに現実離れしていて困惑したが、同時に中年ナイフ男への怒りが込み上げてきた。

 奴の動きは止まらない。今にも浅妻先生のお腹に、ナイフの切っ先を突き立てようとしている。

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