桜井刑事の懸念 ー警察と霊能者ー


 俺は桜井裕司(さくらいゆうじ)、40歳。鶴巻つるまき署に勤務する警察官だ。

 俺は、二年前に県警から、この鶴巻署に配属されたが、この地域で起こる事件事故は、捜査で立証できないことが、ぽつぽつとあった。


 先日の葦原あしはら君の案件もそうだ。実際には、外傷があり、本人は意識を失って救急搬送されている。普通なら何らかの事件として取り扱われるケースだ。しかし、その立証が出来ない…。

 まあ、面倒なことにならないで済んだのだが、腑に落ちない点は多いまま捜査は終了した。


 こういう案件が発生すると、俺はいつも、10年ほど前のある事件を思い出す。


――――


 当時、刑事になりたてで、県警の刑事課に配属されていた。そこで、犯人の痕跡がつかめない、少女誘拐事件が発生する。


 メディアや新聞でも大きく取り上げられていたが、手がかりが少く、捜査にいきずまっていた。どんな些細しょうさいな情報でも欲しかった。すると上司が俺に言う。


「桜井、これから出かけるぞ。運転手を頼む」


 訳の分からないまま、新潟から仙台へ車を走らせ、街中に入り、ごく普通の民家に辿り着いた。

 その家は、霊能力を持つといわれている、十二園子じゅうにそのこ氏の家だった。

 上司が「電話で伝えていた捜査の件でお邪魔しました」と伝えると、案内役の女性がすぐに彼女の前に我々を通した。


 当時の園子氏は、どこにでもいる40代後半の女性であった。結婚もしており、主婦業のかたわらで、霊視による人生相談を受けているそうだ。


「あまり、お力になれないかもしれませんが…」


 と二言三言、言葉を交わしたのち、背を向けて、神棚の様なオリジナルの拝殿はいでんに手を合わす。

 その合わせた手を膝の上に置き、何かを見ているような、誰かと会話をしているようなそぶりをしていた。そしてしばらくしてから、こちらに向き直って言う。


「この女の子は、まだ生きてますよ。今はタンスの中に、しまわれています。誘拐した男の名前は――、住んでるところは――」


 と完全では無かったが、断片的な情報をくれた。


「ありがとうございました。参考にさせていただきます」


 上司が頭を下げながらお礼を言う。そして、のし紙に包んだ報酬の一万円を差し出した。


 ここに来る道中、お礼は三千円からでいいのだと、上司が言っていた。しかし、そういうわけにも行かないと一万円を御布施としたのだ。もし、これが有力な情報であれば、この金額は安すぎる。


 我々が神棚のある部屋を出ようとしたとき、園子そのこ氏は


「たまたま、今回は見えましたけど、いつもこうではありませんから」


 と、俺の方を見て言った。上司は、


「分かっております。ありがとうございました」


 と頭を下げた。帰りの車の中で上司が言う。


「あの人に見えないことなんて何もないよ。ただ言えないことがあるだけさ。つまりは、俺たち警察が、しっかり捜査せにゃならんということだ。わかったか」


「はあ」


「神頼みはその後だ。神頼みだからな、当たるも八卦当たらぬも八卦なんだぞ」


 その二日後、誘拐犯は捕まった。タンスの中にしまわれていた女の子も、無事確保されるのだった。


――――

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