闇の中で彷徨う

 ……闇の中……闇の中……。


 そこにはもう何もない。暗闇のみが存在し、自分がそこにいるという感覚だけがあった。


〝カツ、カツ、カツ〟


 こちらに近づく足音が聞こえる。音のするところが、そのたびに一瞬だけ光を放ち、何者かの足下を映し出した。


「だいぶやられたな、酷いもんだ。その出血量……もう死ぬかもな……」


 口を開くたびに、そこにも光がともなった。そのモノの顔が、ちらちらと映し出されたが、顔の輪郭りんかくしかわからない。若い男のようだ。


「死にたくないか?お前は若かったがそれなりの誠実さで生きた、恥じなくていい。死ぬという事はそんなに悪いもんじゃない。誰でもいつかは死ぬんだからな……」


 俺は、相変わらず〝無〟の存在だった。しかし、意識だけはしっかりある。


『まだ死ぬわけにはいかない』


 そう思っても、言葉にする口が、体が無かった。


「…そうか…、何のために生きたいんだ?」


〝!〟しゃべらなくても言いたいことは伝わっているようだ…。俺は思った。


『分からないけど……、何かをしなくちゃいけない気がする。死ぬのはもう少し後でいい』


 すると、俺に語りかけているその青年は


「そうだな…、その通りだ……」


 と言い残して闇に消えて行った。俺の意識も、また薄らいでいく――。




 次に目覚めたのは仰向けになっている体が水に沈んでいるような感覚であった。


 ここがどこなのか、果たして俺は生きているのか死んでいるのか……。そんなことをうっすらと考えていると、水面に太陽が当たっているかのようなキラキラした光が見え始めた。

(綺麗だな)と思っていると、またもや場面が入れ替わる。




 さっきまで深い水の中にいたのに、今は、石作りの大きな塔の中にいる。


 俺は、その塔の薄暗い階段を、訳もなく、それが当然のように登っていた。

 塔には、窓がところどころに開いていて、そこから射す光が、周囲の様子を照らしている。石造りの階段の途中には仏像が何体も置かれているのだった。


 更に登っていると、突然、サーチライトを向けられたような強烈な光が襲う。あまりの光量に眼球を腕で覆いつくし、その場にうずくまった。

 すると、遠くの方から声がする。


「…ハラ君、葦原君、ごめんね、起きて葦原君」


 それは若月先輩の声だった。

 ゆっくりと目を開くと、俺はベットの上に寝かされていた。


 周りを見ると若月先輩と水色の服を着た男の人が2人いる。体が揺れる、ここは…救急車の車内のようだ…。


「先輩…」と声を掛ける。


「葦原君、気が付いた?大丈夫?」と若月先輩は目に涙を浮かべていた。


 救急隊員が、俺に問いかける。


「ここは救急車の中ですよー、お名前言えますかー」


 職務上の形式的な質問だ。


「…葦原…唯人…です」


 名前を言ったところで、また気が遠くなり意識を失った。

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