怪現象が起る家 完

 流れ込んだイメージはそこで終わり…我に返る。

 こんな体験は初めてのことだ。しかし、今はそれに驚いている場合ではない。


 俺は目の前に座っている『お葉』と名乗った花魁に問いかける。


「自殺の手伝いをした…ということなんですか……。貴方たちが、そうするように仕向けたわけじゃないんですよね。」


 花魁は顔を上げ、ため息をつくようにして、


⦅もうここんちから出ていきなさい⦆


 と、口惜しそうにいった。それを皮切りに後ろにひかえていた侍たちが、刀を抜いて一斉に前に出る。


 甲冑かっちゅう姿の霊もいれば、浪人風の奴もいる。白骨化しているので、一様に表情は読み取れないが、既に亡者の域に達していた。


 戦慄せんりつが走る…。刃物を持った亡霊達が、今にもこちらに襲いかかろうとしているのだ。恐ろしい…、この光景が本当に今起きていることなのだろうか…。


 亡者達は立ち止まることなく、こちらに向かってきた。俺は反射的に身を屈め、両腕で頭を守る。だが、彼等は容赦なく全身を切りつけてきた。


 刃が肉を絶ち、骨を滑る感覚があちこちにある。吹き出した血の温かさ、鉄分を帯びたその匂いは、十分に現実味を帯びていた。体中に痛みと痺れが駆け巡る。


(とにかく、この状況を抜け出さなくては!)


 そう思い、意を決して上体を起こし、次々に打ち込んでくる侍達の刀を、苦し紛れに、両手でブンブンと払いのけた。


 すると、その振り回していた右腕が、一体の亡者の体に触れる。


バンッ、バリバリバリバリ、チリチリチリ…


 その途端、亡者の体が二つに引き裂かれ、光を帯びながら、ちりとなって消えていった。それを見た他の亡者達が動きを止める。


 何が起きたのかは分からない。だが、袋叩きにされていた俺に一瞬の猶予ゆうよができた。立ちひざの状態から、腰を落とした立位りついの姿勢をとり、この赤い大広間からの脱出をはかる。


 刀で切られた腕や肩、突きを食らった胸や足には痛みとしびれ、感覚のマヒがある。胸を突かれたせいで、呼吸ができているのかも、よく分からなかった。吐血もしている。


(逃げるなら、もう今しかない)


 俺はジリジリと後ずさりを始めた。


 亡者たちは、刀を構え直して、間隔を詰めて来ている。


 次の瞬間、俺は花魁や侍たちに背を向け、一気に出口まで走り出した。走り出すとすぐに、槍で突かれていた足が、思うように動かないことに気付く。バランスを崩して、左肩からたたみの上に転げ落ちてしまった。

 先ほどからの攻撃で、もう全身かいうことを効かなくなっていたのだ。 


 奴等はいともたやすく、俺に追いつき、ゲラゲラ、ワシワシと指をさしながら笑う。


 そして、トドメと言わんばかりに、這いつくばっていた俺の全身に、一斉に刃を突き立てた。もう、声を出すことも出来なかった…。


 段々と薄れていく意識の中、足元の方からお葉花魁の声が聞こえる。


⦅もうあんには近よるな。痛てぇ目を見るすけの……⦆


 最後に、頭を貫通する刃の感覚と共に、頭蓋骨を砕かれて、俺の意識は完全に無くなった……。

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