怪現象が起る家 ーそこにいたモノー
俺は待ち合わせ場所の
少し遅れて若月先輩が自転車に乗ってやってきた。ひざ下くらいの水色のスカートに薄手の白いパーカーで、髪を琥珀色の髪留めで後ろに束ね上げている。
無理がない清潔感のある普段着だ。上がパーカーだったので俺の服ともつり合いが取れていて安心した。
「おはよう、待った?」
「さっき来たばっかりです。俺も自転車できたので取りに行ってきますね。」
そういうと駐輪場から自転車を出し、若月先輩の先導でペダルをこぎ始めた。
先輩の家はその町並みから少し外れたところにあるらしい。
田植えシーズンが終わり、水田には若い苗がまだ弱々しく風に吹かれてる。
俺たちはその道すがら、田舎の学生カップルみたいに、バスケ部のことや、特徴的な先生の話題に花を咲かせながら、家に向かうのだった。
「着いたよ、ここがあたしの家」
来る途中から、ちらちら見えていたあの大きな家が、やはり若月先輩の家だったらしい。
線を引いたような真直ぐな瓦屋根に、木の波板を張り合わせた外壁。広い庭には松やつつじが植えられている。立派な竹林と石の平垣に囲まれた、近代の豪農の館といった印象である。
「ここに停めて」と案内してくれた車庫も広々としていて、中に田植え機やトラクターなどの農機具が置かれていた。車庫兼農作業小屋のようだ。もう一軒隣の建物も、先輩の家の持ち物だという。
「先輩の家は豪農なんですね」
「あはは、そんな豪農だなんて…。あたしが中学校の頃まではそうだったかもしれないけど、今は他の農家の人に、委託っていうかたちで任せてるみたい。全然手伝わなくていいから楽でいいんだよね」
「あ、それ分かります。うちも兼業農家ですけど、田植えと稲刈りのシーズンは、必ず手伝いさせられますからね」
「そうそう」
自転車を農舎に置く。
「こっちだよ。」と先輩に案内してもらい敷地内に入った。門をくぐると、外側から見た印象と若干違いがでてくる。
『豪農の館』ではあるが中庭に大量の草が茂り始めていた。どことなくさびれた印象がある。
(かなり広いお屋敷だし、おばあさんと2人暮らしなら、お庭に構ってる暇もないよな)
そう思った。そして立ち止まって霊的な気配を探る……。
雰囲気は悪いみたいだけれど、これが霊的なものと関係しているのかが分からない。若月先輩がいう。
「ごめんね、汚い家で」
「そんなことないですよ、すごく立派なお家ですね」俺はそう答える。
そのまま玄関先まで進み、先輩が玄関の戸を開けた。
「ただいまーって、今日はおばあちゃんも出かけてるんだけどね」
と乗り突っ込みを自分で入れて、靴を脱ぎ「どうぞ上がって」と促される。
昨日、俺は先輩と別れてから、
『自分が本気で霊を見ようとしたら、果たして思いどおりにいくのか?』
ということを考えていた。これまでは、霊的なものを避けるように生きてきた。それを自分の都合でひょいひょいと変えられるものだろうか?と。
しかし、その懸念は無用だったと知る……。
俺は若月先輩に問いかけた。
「先輩、今日はご家族いないんですよね?」
「うん、いないよ……、誰かいる?」
先輩の顔から笑顔が消えた。
俺は目をきょろきょろと動かしている。
先輩の家の玄関は広い。その広い玄関から見えるのは、ガラス入り障子戸に囲まれた大きな茶の間と、中央を渡る広く奥行きのある廊下。廊下の奥には階段が見える。
先ずは玄関の上がり框に着物姿で正座したおばあさんが一人いる。『いらしゃいませ』という感じで深々と頭を下げていた。
廊下にも首を垂れている人達が数人いる。……三、四、五…六人。それぞれ生きていた時代と年齢が違う男女である。
ガラス越しに見る広い茶の間にも四、五人が座っていた。俺に気付いたのか、わざわざこちらに向き直って頭を下げる。
浮遊している人らしい影もちらっと目をかすめたが、スッとオーブ(火の玉)に姿を変え、天井に消えていく。
全体の数を把握するのは難しかった。いや、それよりも、なぜ俺なんかに頭を下げているのかが意味不明である。
今日、目撃した事は、出来るだけ正確に若月先輩に伝えなければいけないと思っていた。だが、こんな状況をありのまま話しても、ただ怖がらせてしまうだけで意味がない。
俺は一度、目蓋を閉じ、いろんなモノを目で追うのを止めた。そして、心配そうにしている若月先輩に
「まぁ、いるとは思うんですけど、よく見てみないとちょっとわかんないですねー。」と、質問をはぐらかす。
(これは何が起きているのか、全体を把握しなければならない)
初めて女性の家に来た!という、うわついた感情は一気に消し飛び、事の重大さを直感しはじめた。
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