首長の幽霊 完

 近くのコンビニに行って飲み物を買い、店内のイートインコーナーに座る。

 本来なら、憧れの先輩と一対一で会話できるのは嬉しいことだ。

 しかし、そんな状況じゃない。あまり詳しく話しても怖がらせるだけかと思い、状況だけを簡単に伝えた。


 自分の母親くらいの女性の幽霊だったこと。割とはっきり見えたこと。しばらくしたら消えてしまったこと。俺が昔から人より霊感が有り、たまにそういったモノを見てしまうこと。そして除霊だとかは一切できないこと……。


「そうなんだ……」と若月先輩は答えた。すると、今度は先輩の方から自分の身の回りで起きていることを話し始める。


「子供の頃は私も見えることがあったの、霊感も少しはあったのかな?でも今は全然見えないの。見えないんだけど……」


 俺は黙って聞いていた。


「中学三年生の時だから、今から二年くらい前からかな。最初は夜中に、家の中から音がしたり、家族が金縛りに遭ったりして、お祓いのためにおばあちゃんが進めてくれた神社に連れて行ってもらったんだ。初詣とか毎年たくさんの人がお参りする『伊予彦神社』、大きいでしょ。そしたらね、その翌日から金縛りとかは無くなったんだけど……、最近またいろんなことが起こるようになっちゃって」


「いろんなことっていうのは?」


「……私のお母さんね、去年の十月に亡くなったの」


「⁉ そうなんですか、すいません、あの、知らなくて……」


 首長女性の幽霊を、亡くなっているお母さんと間違えて会釈したのを、少し後ろめたく思った。ん? お母さんと間違えて? ……。

 あれは先輩のお母さんだったんだろうか?だとすると……。

 俺はそれとなく聞いてみた。


「あのぉ……事故とか、ご病気とかですか?」


 言葉にして言ってみると、とても聞きにくい質問だった。俺の目はあちこちに泳ぐ。すると、


「自殺だったんだ。正式には縊首いしゅって言うみたい。首を吊っちゃって……」


 最悪な話の展開になった。どんどん先輩を傷つけていく。自分の話しの持って行き方に(馬鹿野郎)と心の中で叫んだ。


「すいません、なんか……」


「いいの、いいの、気にしないで…。話は戻るんだけどさ、お母さんが死んでから、なんと無く家の中がおかしいというか。」


「おかしいって、また金縛りに合うとかラップ音がするとかですか?」


「そうなの、前ほどじゃないんだけどね。それにね、何て言ってるか分かんないんだけど、人の話し声も聞こえるんだ。この間はテーブルに置いてあった湯呑が、おばあちゃんの目の前で動きだして、そのまま下に落っこちたっていうの。」


「それって現象的には凄いんじゃないですか?」


「だよね。あと、今おばあちゃんと2人暮らしなんだけど、おばあちゃんの体調もあんまり良くないんだよね。急に具合が悪くなるから、救急車を何回も呼んで……。病院で検査してもらうんだけど、原因がわからないんだよね」


 今おばあさんと二人暮らしということは、お父さんはどうしたんだろうか? 複雑な家庭環境が推し量れた。お母さんの自殺の件もある。

 二の足は踏むまいとお父さんのことはもう聞く気もなかった。若月先輩の話は続いた。


「私の後ろにいた女の人ってどんな人だった?」


 正直に言っていいか少し迷った。しかし、先輩は知りたいんだろうなと思った、後ろに立っていた女の幽霊が自分の母親なのかどうかを…。

 俺は出来るだけ正確に見たものを伝えた。


「髪型は肩上くらいのストレートでした。顔の輪郭は丸顔の印象です。スリムな体系で、今時の服を着ていました。服装はスカートとカーディガンで、服の色は…、背の高さは…」


 首が伸びていたことと、微笑していたことは言わなかった。


「……それ、私のお母さんだわ……」


 全て聞き終えると若月先輩は感情が抑えきれなくなったようで、ボロボロと大きな涙を流し出した。

 嗚咽交じりに泣きじゃくり、涙が目から溢れ落ちる前に、制服の袖で拭きとってしまうので、その部分がずぶ濡れになっていく。

 コンビニのイートインコーナーのため、かなり人目を引いた。

 しかし、俺は無理になだめる気にはなれない…。教えたことが良いことだったのか悪いことだったのかを、彼女が泣き止むまで頭の中で何度も考えていた。

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