首長の幽霊 ①

 5月になりゴールデンウイークが始まる。

 兼業農家の我が家では田植えの手伝いを強制的にさせられた。


 中間テストも重なり、しばらく休みっぽい休みが無かった俺は、この土曜、日曜をのびのびと過ごすと決めていた。


 午前9時に起き、仕度を済ませ、自転車で近くのレンタルビデオ店に新作アニメを借りに行く。

 残念ながら、今日借りたかったアニメ『黒の剣』は既に借りられていた。メジャーな王道ファンタジーではなく、武骨な剣士の物語なのでDVDの数も少なかったようだ。


 どうしようかと迷ったものの、このまま家に帰ってもやることが無い。思い切って隣の岩城市まで足を延ばすことにした。


 岩城市のレンタル店に着き、足早に新作コーナーをのぞく…。「あった!」とつい声に出てしまった。自転車をこいで遠くまで来たかいがあった。ワクワクする気持ちを抑えつつ、早く家に帰って、アニメの世界に浸りたい。


 帰り道、同じ岩城市内の大きめのスーパーに立ち寄り、だらだらと過ごすためのお菓子とジュースを買い、精算を済ませ店を出る。

 

 すると、前の方から女性が二人歩いて来た。

 鶴巻高校の制服を着た女子と、その母親と思われる二人連れである。

 少し距離のあるところから、何気なく女の子を見ながら自転車置き場へ歩いていると、その制服の女性は、憧れの若月先輩であった。


 お互いに、〝あーーっ〟という感じになり自然と笑顔になる。


「どうしたの、家近くなの?」と先輩が話しかけてきた。


「近くではないんですけど、好きなアニメのDVDを借りに来たんです。近所のレンタル店はもう借りられていたので」


「そうなんだぁ。DVDあった?」


「ありました」袋から実物を取り出し、


「黒の剣です」と答えた。


「『黒の剣』ね、知ってるよ、あの暗さがいいんだよねぇ」


 先輩がこんな男子向けのダークアニメを見るのは少し意外だったが、趣味が合うのは非常に嬉しい。意外なところで会えたという勢いもあり、緊張しないで話しが出来た。そしていつもどおりの屈託ない笑顔が眩しかった。


 先輩もお母さんと買い物に来たのだから、あまり立ち話させるのも悪いと思い


「買い物の邪魔しちゃうので、俺はこれで失礼します」


 と言い、横にいたお母さんにも軽くお辞儀をして通り過ぎようとした。

 すると突然、若月先輩が俺の右腕を強く掴む。『えっ⁉』と思い、振り返った。彼女は俺の目を見て真顔になっていう。


「ねぇ、今、誰に頭下げたの?」


「『誰に』って先輩のお母さんにですけど……」


 と、様子がおかしい彼女を横目に、お母さんと思われる年配の女性の方を見る。そして間もなく、若月先輩のいう意味を理解した。








 視線の先には、首が人の2倍ほどの長さに伸びた、異様な姿の女性がいた。さっきまでそんな状態ではなく普通に見えていたのに、容姿がガラリと変わっている。


 俺はぎょっとして、一歩後ろに下がり、上体が少し仰け反った。目が離せないまま、そのモノを凝視する。


(……首を…吊ったのか……?)


 首にロープの痕があった。顔色は青白さを通り越して茶色になっている。血液がうっ血して、黒みがかっているのだ。

 明らかにこの世のモノではないのがわかる。首長の女性は、こちらに目線だけを動かして、声もなく微笑んで見せた。

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