バスケ部での日々
体験入部の次の日、新之介と二人で入部届け出を提出し、正式なバスケットボール部員になった。
後藤も後日見学に来ていたが、直ぐに入部はしなかった。何やら軽音部と掛け持ちをすることになったようで、二つの部活を掛け持っていいのか、学校側に確認していたようだ。
昼休み、俺と新之介と後藤で部活の話になった。
「後藤って楽器出来るの?」と俺が聞いた。
「ベースをちょっとだけね。お父さんに教えてもらって多少弾けるだけだよ。それで軽音部に『発表会の前だけでもいいから』って頼まれちゃって…。でもバスケ部の入部届け出は昨日出してきたよ。」
「そうなんだ、じゃぁもう一緒の部活なんだね。それにしても楽器が弾けるなんて、めちゃめちゃかっこいいね」
「そうでもないよ、私としてはバスケ部だけでいいんだけどね」
新之介が少し考えて、まじめな顔で後藤にいう。
「部活も紗希と一緒になるならさぁ、帰りも俺と一緒に帰るか?」
後藤は顔を歪めながら、口を尖らせる。
「うーん、毎日は遠慮しておく、新之介はやたらと女子に人気あるからねぇ、ずっと一緒に帰ってたら、きっと誰かに後ろから刺されちゃうよ」
彼女は、冗談なのか本気なのかよく分からないことを言って苦笑した。俺も〝ありそうだな〟と思ってつられて笑ってしまう。
「新之介こそ、私なんかに構ってていいの?若月先輩のこと気になるんでしょ」
「気になってなんかないよ、ただ素敵な先輩だとは思ってるけど…」
新之介は俺にも後藤にも気を遣ってるようだ。興味がないはず無いと思う。
「紗希は仮入部中、若月先輩とかなりしゃべってたけどさ、いい人だったでしょ?」
「そうだね、すごくいい人だと思う。綺麗だし、明るいし、面白いし、やさしい。でも…」後藤は顔を曇らせた。
「完璧すぎるのかなぁ、若月先輩の他にも、女子の先輩が2人いたでしょ、仲が悪いわけじゃないんだけど、あんまり一緒にいないんだよね。〝1人と2人〟で行動してる感じ…。でも誤解しないで、すんごくいい人だから。今度一緒に買い物行くんだよ」
仮入部に来ていた、たった数日でそこまで仲良くなれる後藤の人柄に感心させられる。
思い返せば、確かに話が盛り上がり過ぎて、練習に支障が出ていた。
「唯人がさ、若月先輩のこと好きだから、なんか情報あれば教えてやってよ」
「新之介、俺は……先輩のこと好きだけど、憧れというか、本気で付き合ってほしいとかは……」
新之介と後藤がニタニタしている。
「葦原君の言いたいことはわかってるよ。一つ注意事項かなぁ。若月先輩は自分の小悪魔的魅力をわかってないから、油断してるとすぐ心奪われちゃうよ。…あぁ、もう奪われちゃってるんだったね」
俺は反論できないでいる。二人は楽しそうに笑った。
後藤の忠告どおり、若月先輩の〝本人が意としない誘惑〟は、それからも猛威を振るった。
何を話すときも顔が近すぎるし、目をしっかりと見すぎる。ボディータッチが多くて、高校1年生の男子が妄想を膨らますには十分なコミュニケーションの取り方だった。
(もしも、先輩とお付き合いできれば、どんなに楽しいだろう)
そんなことを考えるようになっていた。だが、同時に
(彼氏くらい当然いるよね。)
と、自分でその妄想の全てを打ち砕く日々が続く。
数日後、練習前の雑談で、熊谷部長が教えてくれた。
「若月は彼氏いるみたいだよ」
俺は噛みついた。
「本当ですか?この学校の男子ですか?」
「なんか他の学校の男子みたいだよ、本人がそう言ってたからね」
やはり、俺の恋は叶わなかったんだ。わかっていたことだけどショックが大きい。
「そうですよね……。綺麗ですもんね……」
「俺も告白したことあるけどフラれちゃってるからね」
「え、熊谷先輩も告白したんですか?」
「うん、『好きな人がいるから付き合うのは無理だけど、これからも仲良くしてほしい』って言われちゃった、あはは」
熊谷部長はあっけらかんと言い、笑っている。横で話を聞いていた石田副部長が会話に入ってきた。
「実は…俺も、告白したことある」
「何―、初耳なんだけど」と熊谷部長が驚いている。
「落ち込んだからなぁ、なかなか話せなかった、悪りぃ」
そして俺たちに
「先週、彼氏みたいな男と歩いてるの見たよ。大学生か社会人に見えたけどなぁ」
と情報提供してくれた。熊谷部長と石田副部長は、また一つ、共通の仲間意識が芽生えたようだった。俺も、告白してしまえば、その仲間に入れるのだろう。
その日の部活は、何もかも振り切るように走り込んだ。新之介から「どうした?」と聞かれたが「いいんだ。」とわけの分からない返答をした。
彼氏はいるし、周りはライバルばっかりだし、若月先輩をあきらめる材料は揃っている。次の日からは
『一人の若月ファンとして、この身を捧げよう』
と決意したのであった。
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