若月 京香

 放課後になり、俺と新之介は体育館に向かった。学生が集まりつつあるその空間は、高校生たちの特別な活気が漂っている。


 ステージ側のコートがバスケ部らしく、3.4人が靴紐を縛りながら楽しそうに話しをしていた。俺たちはそのグループに声をかける。


「すいません、バスケ部はこちらでしょうか?」


「そうだよ、入部希望?」小柄で気さくそうな先輩が答えてくれた。


「はい、そうです」と答えると、


「なら、5対5も参加していってよ。そうしてくれると助かるんだけど」


 と笑顔で誘ってくれた。そのそばにいた、身長も横幅も大きい、熊のような先輩もニコニコしながら「一緒にゲームやってってよ」と言ってくれている。

 どうやら、楽しく部活動が出来る環境のようだ。


 とはいえ、今日は見学のつもりで来ていたので、二人ともジャージなんかは持ち合わせていない。とりあえず上着を脱ぎ、Tシャツに制服のズボンという昼休みのような格好になり、シュート練習をはじめる。


 新之介は初心者なので、基本のシュートホームを、俺が若輩ながら指導した。すると案外真剣に、教えたとおりのシュートを繰り返すので〝何と無く〟で来ていた俺も少し気合が入った。



 しばらくコート脇のゴールを相手に練習をしていると、体育館に入るなり、真っ直ぐこちらに向かってくる制服姿の女子がいる。

 その先輩と思われる女の人は、俺たちの前まで来ると、


「1年生? 入部希望?」と、目をキラキラさせて声をかけてきた。

 

 つやのある長いストレートの黒髪で、スタイルもよく、笑顔がまぶしい人だった。

 普通の制服姿だが、どことなく気品も感じられる。

 首筋や足元から見える肌は、透き通るような白で、とても美しい。


「あ、はい、そうです」


 俺は緊張する心を悟られまいと、冷静を装って普通に返事をする。それに対して


「そうなんだ、よろしくね」


 と、満面の笑顔で挨拶をされ、一気に心を持っていかれるような気分になった。




 部活が始まり、軽い自己紹介をした。


 俺と新之介が、一番最初に声を掛けた小柄で気さくな人が、副部長で3年の石田先輩。

 縦にも横にも大きい優しそうな人が、部長で3年の熊谷先輩。

 部活前に、笑顔で話しかけてきた女の人が、3年の若月先輩だそうだ。


 正式な部員は男子が6人、女子が3人。最初に石田副部長に声をかけたとき、

『人数が足りない』

 といっていたが、確かに5対5をするには部員が1人足りていないようだ。



 練習は軽いランニングから始まり、シュート、1対1、3対2を順序良くこなしていった。その合間を縫って、若月先輩が、人懐っこく俺と新之介に話しかけてくる。


「中学校は何処だったの?」

「部活は何やってたの?」

「彼女はいるの?」


 何てことの無い会話だったが、振りまかれる爽やかな笑顔が、俺の心をかき乱す。

〝最初から嫌われまい〟と必死に答える態度は、どこかぎこちなかったと思うのだが、若月先輩はそれを楽しそうに


「うん、うん、そうなんだ。」


 とニコニコしながら聞いてくれている。とてもやさしい親戚のお姉さんのようだった。


(新之介がお目当てなのかな?)


 とも思ったが、彼女は、俺にも新之介にも平等に話しをした。


 一通りの練習が終わり、次は女子も一緒に5対5のゲームをする。熊谷キャプテンがルールの説明をした。


「いつも通り、女子が点数入れたら4点ね、女子スリーポイントシュートは5点だから」


 部員全員が承知のもと、男女混合の試合が始まった。


 男子はさすがにバスケット部員らしい動きをしている、女子の方もなかなかだ。みんな真剣に取り組んでいる。


 俺は途中から新之介と交代でコートに入った。制服のズボンなので無理は出来ない。リバンドなどの守備に力を入れることにした。



 ゴール下を守っていると、若月先輩が熊谷部長をかわし、カットインしながらシュートを狙ってくる。俺はあえて棒立ちになり、その場から動かずにディフェンスの姿勢をとった。


 体格差のある男女が、一緒にスポーツをするのだから、女性に怪我はさせられない。ポジションどりだけをしっかりとしていれば十分だろうと思った。


 彼女は躊躇ちゅうちょすることなく、強引に体をねじ込んでくる。俺はその〝あたり〟を跳ね返すことはせず、衝撃を吸収するように後ろに倒れた。すると、若月先輩も同じく前のめりで倒れ、二人の体が重なった。

 彼女の体が俺に覆いかぶさり、大きくてやわらかい胸の感触が脇腹周辺に感じられる。


「すいません、先輩、大丈夫ですか」


 多分こちらが悪いわけじゃないのだが、胸が当たっていることもあり、反射的に誤ってしまった。


「ごめんね、勢い付け過ぎて、方向変えられなかったの」


 彼女は申し訳なさそうに顔を上げた。その拍子に、Tシャツの襟もとから、ブルーのブラジャーがこちらをのぞく。同時に汗に混じった香水がフワッと香った。

 俺は慌てて、顔ごと斜め上を見上げ〝下着は見てませんよ〟と若月先輩や他の部員にアピールする。その様子を見ていた部長の熊谷さんが


「キミたち、早く離れなさい!」


 と笑いながら突っ込みを入れてきた。若月先輩もそのフリに乗っかって、


「体が絡まって、なかなか離れられないんですー」


 とわざともたついて見せた。周りは爆笑している。俺は自分の汗が先輩についてしまった申し訳なさと、自分の体が臭くないかの心配をした。


 結局、若月先輩の反則ということになり試合再開となった。そのあともゲームが進み、この日の仮入部は終了した。


 鶴巻駅に向かうまでの帰り道、若月先輩の可愛さと親しみやすさが、新之介と話題になった。新之介に

「なかなかいい思いしたよね」

 と羨ましがられた。そのとおりである。実に楽しかったし、あの脇腹に触れた胸の感触は、そんなにはっきりしたものじゃないけれども、それを思い返せずにはいられない。

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