最終話 予定不調和のラストシーン

 僕は衣装であるタキシードを着込み、舞台に立つための最低限必要なメイクを済ませる。

 その後は出番が来るまでただただ控室の中でずっと待つだけ。ユイカ曰く、出来ればトイレ以外で部屋の外に出ることのないよう釘を刺されている。


 真琴は今どんな気持ちで舞台に上がっているのだろうか。

 僕と千咲の一件を目撃して気が気では無いのかもしれないし、逆にストイックに演技に取り組むことで一生懸命忘れようとしているのかもしれない。

 どちらにせよ僕のやってしまったことが原因には変わりない。

 ちゃんと、今度こそ、真琴へ気持ちを伝えなければ。


 しばらくして控室のドアをコンコンと叩く音が聞こえて来た。

 僕が返事をすると、ゆっくりと開いたドアの隙間からユイカが顔を出す。


「……祐太郎さん、そろそろ出番です」


 呼ばれた僕はもう一度鏡を見てネクタイの位置を直す。ちゃんとセットしたのでみっともない格好では無い。大丈夫だ。


 ユイカに連れられて舞台袖までやってきた。

 物語はクライマックスが近づいていて、彼女の言うとおり、結婚式のチャペルの場面が繰り広げられていた。


 そして、ステージ上の真琴の姿を見て僕は目を疑った。


「な、なんだよ真琴のやつ……、若奥様役だって言ってたのに……、全然違うじゃないか」


 てっきりウエディングドレス姿の真琴を想像していたのだが、彼女が身に纏っていたのは僕が着ているのと変わらないタキシードだった。


 ……つまり、この舞台での真琴の役柄は新婦ではなく新郎だったわけだ。


「ははっ……、『言葉を交わさな過ぎ』って、本当にその通りだよなぁ……」


 思わずユイカに言われた言葉を反芻してしまった。


 もっと真琴と言葉を交わしていれば、今日彼女が男装して新郎役を演ることなどわかっていたはず。


 それはすなわちこういうこと。

 あの時、若奥様のように振る舞った真琴は決して役作りをしていたわけではない。ただ単純に純粋に、本気で自分のことを僕に見てほしいというアピールしていたんだ。


 そんなことにも気がつかない自分は本当に愚か者だ。もし僕が武士だったら腹を切る以外詫びる方法が無いだろう。


 ただ、後悔をしている時間もない。

 今はとにかく、ユイカが作ってくれたこのチャンスを活かすしかないんだ。

 面と向かって、真琴へ僕の気持ちを伝えてやる。



 舞台上は物語が進行していく。


 チャペルには新郎新婦と牧師がいて、ちょうどこれから誓いの言葉が読み上げられるところだ。

 この誓いを交わしてしまえば婚姻が認められるのだとすれば、略奪者である僕はその言葉が終わる寸前に行くのがスジだろう。

 そしたら舞台上の真琴を連れ出して――。


 ……ん?なんだかおかしいぞ?

 そういえば僕も真琴もタキシードを着ている。

 生物学上では僕が男で真琴が女なのは既に確認済みだけれども、この物語上では男同士だ。

 男が結婚式に乱入して新郎の方を寝取るって、そんなのありなのか?脚本的に問題ないのか藤井ユイカ?


「大丈夫です!愛があれば性別なんて些細な問題ですよ!あ、あと、真琴先輩は劇中の役目も『まこと』なので思いっきり愛を叫んで頂いて大丈夫ですから!」


 隣から小声にしてはバカに大きい中途半端な声でユイカが言う。

 ……色々ツッコミたいところはあるけれどもまあいい、脚本書いたのはこいつだ。責任は僕にはない。


 いよいよ牧師が誓いの言葉を読み上げる。

 僕は固唾をのんでタイミングを見図る。


「健やかなるときも、病めるときも、これを愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「「誓いま――」」


 ここだっ、ここしかない!

 僕は勢いよく舞台へ飛び出し、彼女の名を叫ぶ。


「真琴!お前を迎えに来た! その結婚、成立させてたまるかよ!」


 子役をやっていたときでも出したことない大きな声で温めておいたセリフを言うと、真琴はびっくりした顔を見せる。

 なんとなくわかる。この真琴のびっくりした顔は演技ではなく、素でびっくりしている顔だ。


「ゆ……、祐太郎……」

「僕が悪かった。真琴とは気が合うから、言葉を交わさなくても想いが伝わっているものだとばかり思っていた」


 6年ぶりの演技。いや、これはもはや演技ではなく僕の本心だ。


「でもそれは僕の過信だった。君の気持ちをわかったつもりになっていただけだったんだ」


 これがアドリブだと気がついた真琴は、同じくアドリブで返してくる。

 異変を察したのか、牧師役と新婦役の二人は気づかないうちに袖へと捌けていった。


 舞台は一気に二人の世界へ変わっていく。


「そ……、それはボクも同じ。祐太郎のこと、知ってるつもりになってた。でも実際は、まだまだ何も知らない」


 真琴は少し泣き出しそうな表情だが、精一杯涙を流さまいとこらえている。

 急変する舞台の表情に、観客も少しざわめき始めた。明らかにイレギュラーな状況が発生して、放送事故のように皆そわそわしている。


 それでも関係ない。今ここにいるのは僕と真琴二人だけ。観客も裏方もあって無いようなもの。


「今日を境に、また新たな一歩を僕は君と踏み出したい。だから言う。心して聞いて欲しい」


 僕は真琴へ歩み寄り、真琴の綺麗な瞳を見つめ続ける。


 決め台詞は間が大事だ。

 どんなにカッコいい言葉も間を間違えれば台無し。


 いや、こんなの絶対に間違えるものか。

 真琴の目尻から涙が溢れ出す寸前、そのタイミングぴったりに僕は言い放つ。



「――真琴!君が好きだ!」


 同時に僕は自分の唇で真琴の唇を塞いだ。

 ちょっとやりすぎたかもしれないけど、後悔はない。


 その瞬間観客からは声援が飛んだ。舞台の裏からもなんだか喜びの声が聞こえるような気がする。

 物語がウケたのか、僕らをお祝いしているのかはよく分からない。


 ただ、僕が真琴へ伝えた初めての「好き」という言葉は、ちゃんと伝わったようだ。


「……うん、ボクも大好きだよ。祐太郎」


 その時の真琴の顔は、一生忘れられない。


〈了〉



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読んで頂きましてありがとうございますm(_ _)m

時間はかかりましたがなんとか完結させることができました。これも読んでくださる皆様のおかげです。

また次回作も頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします。

良かったら下のほうから★3つ入れていただければ大変ありがたいです。♡や感想、コメント付きレビューなどもお待ちしています。

それら全てが創作のモチベーションになります!


では、また次回作でお会いしましょう


みうらみう

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元カノとの同棲を解消したのでルームシェア相手を募ったところ、ワケありイケメン(王子様系女子)と住むことになった件について 水卜みう🐤 @3ura3u

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