蕎麦を拾ってきた僕の恋人

きりんのにゃーすけ

蕎麦を拾ってきた僕の彼女

 バラバラという窓を打ち付ける音で目を覚ました。心地よい雨音をBGMに漫画を読みながら寝落ちてしまっていた様だった。


「……もう4時か」


 一瞬か数分の短い時間だと思っていたが、最後に時計を見た時から、2時間以上経っていた。あと1時間もしたら帰ってくる恋人に言った「掃除しておくね」を有言実行とすべく、周りを片付け始める。


 片付け途中に見つけたものをつい懐かしむこと数回、気付くとただ時間だけが過ぎていた。


 ピンポーン


 チャイムの音にハッとして現実に引き戻される。何も片付いていないので、とにかく謝ろうと玄関に向かう。

 扉を開けると、そこにはずぶれの恋人が"緑のたぬき"を持って立っていた。


「おかえり……え、ずぶ濡れじゃん、早く中入って」


 洗面所から取ってきたバスタオルを渡すと、菜々ななは"緑のたぬき"を靴箱の上に置き、頭を拭いたり服の水を絞ったりした。


「タオルありがとう、大ちゃん」


「持って行った傘どうしたの?」


「その子を拾った時に川に流されちゃったの」


 "その子"と言うのは"緑のたぬき"の事だろなと目をやると、フタがめくれている事に気づいた。開封済みのカップ麺を拾ってくるのはとても不思議だ。もちろん開いていなくても妙な行動だけれども。


「ニャー」


 視線を送っていた"緑のたぬき"の中から、力ない鳴き声が聞こえてきた。


「菜々、もしかして……」


「うん、詳しいことは後で話すね。先にシャワーしてくる」


 菜々は床にタオルをき"緑のたぬき"を抱えてバスルームまでつま先歩きしていった。

 床を拭き、バスタオルを用意して片付けの続きをしながら、シャワーが終わるのを待つことにした。シャワーから出てドライヤーをかけた菜々は、グレーの仔猫を抱えていた。


「この仔どうしよう……」


 職場から帰る途中で小川の柵に引っかかっている"緑のたぬき"の中に仔猫がいるのに気づいたそうだ。幸いにも傘を使えば寄せられる所だったから助けられたけど、そのあと傘は川に落ちてしまった、という事だった。


 とにかく助けなきゃが優先されて、後先考えないのは実に菜々らしい。危ない事はして欲しくないけれど、そんな優しい菜々が大好きだ。


「今日は雨が強いから明日にでも警察に相談しにしこうか」


 インターネットで調べてみるとどうやら産まれてから二、三週間くらいなので温める必要があるとの事だった。段ボールの中に"緑のたぬき"のカップを入れてカイロとタオルで寝床を作った。

 

「かわいいグレーの猫だね、菜々」


「かわいいよね、ソバちゃん」


「ソバちゃんってその仔の名前?」


「うん。蕎麦そば色の猫だから、ソバちゃん」


「"緑のたぬき"に入っていたし、菜々らしいネーミングでいいね」


 夜はソバちゃんが生きているか気になって「大丈夫かな」「大丈夫だね」って二人で何度も確認した。


 次の日、警察に相談しに行ったけど失踪届は出ていなく、動物病院に連れていくことを勧められた。

 動物病院では健康診断をしてもらい異常がない事がわかった。えさの事や寝床ねどこの事を詳しく聞いた。動物を飼うのはとても大変なことなんだと感じたが、菜々は「ソバちゃん元気でよかった」と安心していた。


 僕たちはしばらくの間ソバちゃんの面倒をることに決め、帰り道にペットショップで必要なものを買い揃えた。

 ソバちゃんの面倒を看る事は、小さな命が失われてしまうかもしれない責任と、少しずつ成長していく喜びとが共存していた。


「かわいいね」「目が開いたよ」「寝てるね」


 嬉しそうにしている菜々を見ながら、僕はソバちゃんに嫉妬しっとと感謝をした。


「ソバちゃんはいいな」


「急にどうしたの?」


「菜々にそんなかわいい笑顔向けられてるから、羨ましいなって」


「ふふ、大ちゃんが一緒だからだよ。一人だったら拾って来なかったと思うの」


「そうなの?」


「うん、そうなの」


 とても幸せそうにしている菜々を見て、僕は改めてソバちゃんに感謝をした。


 数日後、菜々とソバちゃんと一緒に公園に出かけた。ソバちゃんはお気に入りの"緑のたぬき"に入ってとてもご機嫌だ。

 僕たちは、ベンチに腰掛けて景色を見たり雑談をしていた。様子を見ようと"緑のたぬき"に目をやると、ソバちゃんの姿が見当たらない。


「菜々、ソバちゃんがいない!」


「え……本当、どこいっちゃったのかな」


「僕はこっちを見るから、菜々はあっちを見て!」


 二人で手分けして辺りを探し始めた。早く見つけないと、探すのが大変になってしまう。


「大ちゃん、あそこ!」


 菜々が指さした先にソバちゃんがいた。公園の出入り口に向かっているようだったため、危ないと思い即座に追いかけた。


「ソバちゃん待って!」


 ようやく追い付くと、ソバちゃんはひっくり返った"赤いきつね"のカップを「ニャーニャー」鳴きながら引っ掻いていた。


「"緑のたぬき"から"赤いきつね"に引っ越したいのか?」


 ソバちゃんを捕まえようとすると、風もないのに"赤いきつね"のカップが急にガタガタと動き出した。


「なんか動いてる、また仔猫かな?」


 僕が考えていた事と同じ内容を菜々が口に出した。


「ひっくり返してみようか……」


 僕は恐る恐る、"赤いきつね"をひっくり返した。


「クゥーン」


「イヌ……?」


 僕たちの期待に沿えず、中にいたのは小さな子犬だった。


豆柴まめしばってやつかな?」


「っぽいね」


 ちょこちょこと短いあしで歩く愛らしい豆柴にソバちゃんがじゃれるように飛び掛かった。乗っかられた豆柴も満更まんざらじゃなさそうにじゃれている。


「連れて……帰る?」


「うん、オアゲちゃんもうちの仔だね」


「ウドンちゃんじゃないの?」


「だって色が白くないんだもん」


「そうだね」


「ダメなの?」


「ううん、菜々らしくていい」

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蕎麦を拾ってきた僕の恋人 きりんのにゃーすけ @kirin_no_nyaasuke

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