瓦解(三)
木漏れ日が降り注ぐ中をなおもしばらく進むと、次第に白い幹を持つ木々が増え、さらには地面に切り株が目立つようになってきた。
「ああ、ここが一番最近に切ったあたりだな。分かるかい、切り口がまだ綺麗だろう」
材木屋に指し示しされてアウロラも切り株を注視した。確かに切り口には激しい摩耗も見て取れないし、白色の退行もほとんど進んでおらず、まだ年輪がくっきりと表面に浮かび上がっている。
「次には切るところを変えるから、この辺に来るのはだいぶ先になるだろうな」
「同じところを集中しては切らないの?」
「そんなことしたら林が禿げちまうよ。木の根っこが土の中で水を送って植物が育ってるんだ。この辺にもまだ多くを切らないで残しておいてるだろ。新しいのがきちんと育つようにな」
切り過ぎたら土を潤す水が絶え、木は成長できずにやがて土が剥き出しになる、と材木屋は説明する。「偏っちゃいかん」としたり顔をし、伐採量と時期を適度に調節するのだと教えた。
アウロラは材木屋の言葉に耳を傾けながら、周囲をぐるりと見回す。
「ここは前に切った時と比べて何かおかしいところはある?」
「いんや。変な枯れ方もしてねえし、同業の連中で俺の後に切った奴もいないと思うよ」
「そう……」
切り株の間には夏の下草が背高く伸び、太陽を浴びようと花が上を向いて咲き誇っている。もうそろそろ秋が来る。晩夏の花が自らの命最後の美しさを見せる。
「それよか神域の方も様子見するんだろ。最近はとんと行ってないが、そう遠くない」
材木屋は台車の持ち手を地面に下ろし、アウロラに行く先を指し示した。その方向は確かに車が入れるだけの幅はない。踏み固められて白木の間にできていた細い道の入り口付近は人が一人通るのがやっとだろう。材木屋が樹木の狭い間に進み出し、アウロラもその背に続いた。
この一帯に生える白木は神域に近づくほどに聖霊の力が強くなると言われている。具体的に何が、ということは言えないが、左右に連なる木々はよりいっそう白さを増していくように思えた。奥へと足を進めていくうちいつしか生き物の声は止み、葉擦れの音すら聞こえぬ程の静寂が、まるでアウロラの体を布の如く包んでいるようだった。
外界の刺激が薄れていく錯覚を覚えながら、さらに先へと進む。下草の丈が高くなり、地面に道と言える道は見えなくなってきた。神域が近い。アウロラにも兄と、そして父や母と来たときの憶えがある。なお少し歩き前方に目をこらせば、高低両方の位置に紅の編み紐が見える。紅葉の赤が木と木を互いに結び、林の中の空間を区切っている——その先が神域だ。
材木屋が振り返り、アウロラに先に行けと仕草で示した。促されて材木屋の前に立ち、紅い境界線を目印に道なき道を行く。あと僅かもない。降り注ぐ晩夏の日が、清白な枝の上に紅を浮かび上がらせる。
編み紐の下で足を止め、二本の白木から伸びた枝が交差して出来た間から境界の先を見て、アウロラは絶句した。
「どうした。なんかあった——」
追いついた材木屋が、立ち尽くすアウロラの頭越しに木々の向こうを覗き込んだ。
「おい、なんだってんだこりゃあ……」
境界の向こう側——神域の中の白木が、切られていたのである。
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