警鐘(四)

「稀有なことですが、歴史上、シレアの王族に子女が複数生まれた例は実に少ない。お二人の御誕生も一体何代ぶりのことか。もし物理的に鐘が鳴ったのではないとしても、お二人だけが予知された何かがあるのかもしれませぬ。意識にははっきり思考としていなくとも……いずれにせよ、用心に越したことはない」

 大臣の口調は重々しく、場の空気にますます困惑が滲み出す。そこに切って入ったのはカエルムの決然とした言葉だった。

「我々に特殊な力があるとは思わないが、調査と警戒をしておいて損はない」

 諸官が途端に背筋を正し、主人の方に視線が集まる。

「昨晩、そして本日いままで観察しているところでは、時計台は異常なく動いていると思われる。時報も滞りなく鳴っているし、針の速度も正常だ。だが念の為に技術工を連れてこの後、城下へ確認に行ってもらえないだろうか」

 先の秋に時計台が停止して以降、定期観察を任されている官吏が承知を告げ、随伴させる技術工の名前を数人提案した。人選が決まるのを待って、大臣が再び主人二人に問いかける。

「お二人とも何も仰らないということは、には異変なしということでしょうか」

「ええ。は私たちも確かめたわ。それにあれに何かが起こっていたら、必ずが伝えに来るから今はまだ大丈夫」

 大臣だけでなく、アウロラの説明を聞いた一同が揃って安堵する。差し当たり集まった者たちに大きな動揺が無いのを確かめ、カエルムはアウロラと目配せをしてからロスの名を呼んだ。

「シューザリーンの異常が他に波及しているとは思いたくないが、大臣が地下水を懸念する通り他のことに気を配っておくに越したことはない。司祭領とも連絡をつけようと思う。プラエフェット卿は担当部署を変更したと思うが」

「すぐに連絡をつけます。司祭領あそこは自治権が強い分、面倒なところもありますけれど、伯父は任期も長いだけ発言力はあるでしょう」

「いまの時代の司祭領とは関係が良好ですから問題ないとは思いますが……わたくしめも、一筆書きましょう」

 王と並ぶ司祭長の権限は強く、司祭領の自治権は国の中でも特異である。現在、表向きは何の軋轢もないが、歴史の中では水面下で冷えた探り合いがあったことも囁かれていた。

「司祭領はロスが任にあった頃に随分こちらとの連絡も円滑になったとはいえ、私もアウロラもまだいまの司祭長とそう付き合いが長いわけでも無い。王城の皆のように腹を割って話せないのか口惜しいな」

「プラエフェット卿がいらっしゃるのが助かるわ。どうか、よろしくお伝えください」

 司祭領管轄官に取り次ぐ段取りやその他の留意事項、市民への通達の是非が決議されると、ひと段落ついたところで外務大臣が名指しされた。

「他の諸外国にはまだ明かさずにおくが、テハイザには鳩を飛ばす」

「テハイザへ、ですか?」

 万が一のこととはいえ、国の一大事である可能性もある。つまり、シレアの弱みにもなり得るのだ。それを外国に知らせるというのか。だが戸惑いの滲む外務大臣の問いに、カエルムは即答した。

「国の一大事だからこそ、信ある友人に告げておく。できればそのようなことが起こってほしくはないが、助力が必要というときにテハイザの理解があるのは心強い」

 横に座るアウロラも、迷いない瞳で兄の言を継ぐ。

「それにテハイザにはシレアの時計台に比類する天球儀があります。もし時計台と天球儀が連動していたとしたら、ひょっとしたらテハイザにも何かが起きているかもしれないし、テハイザ王陛下にも感じるものがあったかもしれません」

 二人の兄妹の声が重なった。

「シレア王の親書として、蘇芳と紅葉の組紐の用意を」

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