第十六話:戦の夜


 帝国の名将ツェペリン・ロマンシア。

 深淵なる謀略を巡らせる知将にして、帝国でも有数の剣豪。

 戦場で見せる猛々しい姿から『帝国の獅子』と呼ばれる男だ。

 その才能は凄まじく、彼が出陣した戦は一度たりとも負けがない。

 まだ歳若いが、将軍の地位に就くのに相応しい傑物である。

 次の戦で適当な戦功を上げ、その後に将軍となる予定だった。

 

 そんな若き英雄ツェペリンが戦場に散ったという報告は、帝国の軍議室を震撼させた。


「馬鹿な、ありえん。滅亡寸前のアマルガムの残党を狩るだけの戦のはずだぞ?」

「それが、報告書によりますと……序盤は敵国のネレイド将軍を抑える事に成功し我が軍が優勢でしたが、一人の傭兵が率いた二十人の遊撃軍により我が軍は壊滅したとの事です」

「なんだと!?」


 軍議室がザワつくが、それも当然の話だった。

 帝国軍の兵数は三百。それも一般兵ではなく、帝国の近衛騎士団候補すら混ざった精鋭部隊だ。

 その戦力は通常兵で換算すると千は超えるだろう。

 対して敵軍は寄せ集めの兵が二百だけ。戦力差で考えると五倍程になる。

 それをツェペリン程の才能の持ち主が率いたとなれば負ける道理などあるはずも無いのだ。

 しかし。


「上級隠密魔法を用いていた偵察兵によりますと、ツェペリン殿は転移魔法で撤退しようとしたようですが……その偵察兵が目を離した十秒程で護衛の兵も合わせて一人の傭兵に討ち取られたようです」

「それも遊軍の司令官か……」


 たかが傭兵如きが武勇に秀でるツェペリン将軍を討ち取った。

 そんな事は簡単には信じられないが、報告として上がって来た以上は信じるしかない。

 軍議に参加している者全員の頭に恐れがよぎる。


「さらには……その……」

「まだ何かあるのか!?」

「上級隠密魔法を使用していたにも関わらず、偵察兵の目の前に剣を突きつけてこう言ったそうです」


『見逃してやる。だが、次は無い』


「おい、その情報は確かなのか!? 上級隠密魔法は感知能力に優れた魔物すら気づけない魔法だぞ!?」


 喧騒に包まれる室内。

 もはや取り止めの無いこの場所で、一人の老人が呟いた


「つまりその傭兵は、ツェペリン殿よりも剣の腕が立ち、魔法の腕も一流と言うことじゃな?」


『魔導師』グラーフ。

 世界に名高い最高位の魔法士であり、帝国最強の騎士『千刃』と共に皇帝を支える二本柱の一人だ。

 腰の曲がった老人の姿ながら、彼から感じる圧力は凄まじいものがある。


「グラーフ殿……まさかこんな馬鹿な話を信じるのですか?」

「実際に被害が出ておるのだ。信じぬ訳にもいくまいて」


 柔らかに微笑みながら立ち上がると、枯れ枝のような指でテーブル上の地図を指した。


「はてさて。敵が最前線を押し上げてくるとして、奴らの次の目標はこの砦じゃろうな」

「まさか。そのフォルス砦は天然の要塞、攻め落とすには五倍の兵力が必要です」

「通常ならば、じゃな。しかし報告が正しければここを攻めるはず。それに万が一報告が間違っていても、ここならすぐに最前線に兵を送れるからの」


 穏やかに笑うグラーフ。その顔には一切の動揺が見られず非常に冷静だ。

 いや、冷静と言うよりは。


「グラーフ殿……?」

「ふぉっふぉっ……いやさ、やはり強者がいると知ればたぎるものがあるわい」


 ふつふつと、目に見える程に濃密な魔力が立ち上る。

 彼は微笑んでいた。だが同時に、その目には強い喜びがあった。


「まさかこの歳で血気に逸るとは……長生きはしてみるもんじゃな」


 軍議室内に広がる怯え。彼が本気を出せば帝都ですら一日と掛からずに廃墟となるであろう事を、この場の誰もが知っている。

 それ程までに強大な力を持つ『魔導師』グラーフは、長い杖で床をトンと突いた。

 途端に足元に巨大な魔法陣が広がり、老人の姿を包み込む。


「はてさて、ひとまず暗殺者の手配でもしようかのう。それでも生き延びたなら……ワシが直々に出向くとしようか」


 ゾッとするような歪んだ笑みを浮かべた老人は、魔法陣の光と共に軍議室から姿を消した。


■視点変更:ジェイド■


 戦勝の宴が終わり、その夜。

 夜だ。夜だよ。ついに夜になったよ。

 うへへへへ。

 今夜ついに俺は大人の男になるんだ! やったぜ!


 念の為にテントは一人用のやつを用意して貰ったし、体もしっかり拭きあげた。

 簡易ベッドもちゃんとあるし、準備は万全だ。

 ロウソクの明かりしか無いけど、狭いテント内ならバッチリ見ることが出来るだろう。


 という事で現在、静かに正座待機中。


 ネフィーも準備を済ませて来るって行ってたけど……もうそろそろ来るかな。

 ヤバい、興奮しすぎて鼻血が出そうだ。


 我ながらちょっと引くくらいドキドキしながら入口をガン見していると、いきなりテント内のロウソクが消えた。

 何だ、と思った次の瞬間、テント内に人影が現れる。

 おっと。ネフィーさん、どうやら転移魔法で来るくらい急いでくれたらしい。

 恥ずかしいから魔法でロウソクを消したんだろうか。

 どうでも良いけど恥ずかしがってる女の子って良いよな。


「来たか。待っていたぞ」


 緊張から言葉遣いが固くなってるのがわかるけど、今更どうしようもない。

 ヤバい、とにかく何とかしないと……!


「しっ――」


 心配するな、と言いながら立ち上がろうとして、正座のせいで足が痺れて転んでしまった。

 頭上をヒュンと掠めたのはネフィーの腕だろうか。

 もしかしたら抱き締めようとしてくれたのかもしれない。


 うわ、恥っず! ダサすぎんだろ俺!


 何とか挽回しようと勢いよく立ち上がる。

 しかし今度は伸ばして来ていたネフィーの腕を下から叩いてしまった。


 ちょ、何してんだよ俺!?

 ネフィー怪我してないよな!?


 カチャリと何かが床に落ちる音を聞きながら慌てて手を伸ばした時。


「貴様殿、何やら物音がしたが……」


 テントの入口の布を捲りあげてネフィーが覗き込んで来た。


 ……え? あれ? じゃあコレ、誰よ?


 驚きのあまり動きを止められず、伸ばした手が人影に勢いよくぶつかる。


「かはッ!?」


 あ、やべ。思いっきり殴っちまった。

 うっわぁ、大丈夫か? 結構ヤバい勢いだったけど。


 ……てゆか、これ誰よ?


「貴様殿!? こやつ、暗殺者か!?」


 …………え?


「まさか我が気付かぬ程に卓越した手練を送り込んで来るとは……それより、貴様殿は無事か!?」

「……あぁ、大丈夫だ」


 大丈夫だけど、ちょっと理解が追い付かないです。

 なに、暗殺者? しかも手練の?

 なんでそんな奴がここにいんの?


「このレベルの暗殺者を無手で捕らえるとは……さすが貴様殿よの」

「いや、俺はただ――」

「分かっておる。無用な殺生はしたくないのであろう? 暗殺者に情けをかけるのは優しすぎる気もするがの」


 ちゃうねんて。

 ちょっと現状を説明してくれない?


「しかし貴様殿。困った事になったな」

「どうした?」


 今以上に困ることなんてあるのか?

 既に意味わからなさ過ぎて手一杯なんだが。

 

「その、だな……今宵は忙しくなる故、な」


 両手の体の前で合わせてモジモジしながらネフィーが言う。

 ていうかよく見たらいつものパジャマ代わりのTシャツじゃなくて、体のラインがハッキリ分かるネグリジェの上に毛布被ってるだけじゃねぇか。

 これはアレか、ネフィーなりに準備をして来てくれたんだろうか。

 だとしたら、ヤバい。めちゃくちゃ嬉しい。


「……ベッドを共にするのは、またの機会にしてくれないか。貴様殿と寝る勇気が無くなってしまったのだ……」


 頬を赤くして俯くネフリティスさんが可愛いすぎて、危うく心臓が止まるかと思った。

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誤解から始まる英雄譚〜クズで弱っちい俺が何故か周りに最強認定されているんだが?〜 @kurohituzi_nove

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