第5話 水槽の中に、生態系がある。

 我が家にいる中で一番病気に罹りやすいのが、グッピーである。

 よく見るのが、尾ビレの先端が充血して閉じていってしまうというもの。その状態では上手く泳ぐことができず、どんどん痩せて死に至る。

 この症状が、多くのグッピーに出た。原因は水質悪化による病原菌の増加らしい。水換えもしたし、塩や薬を混ぜてもみたが、多かれ少なかれ尾ビレの縮む子がいた。

 今も生き残っているのは、よほど丈夫な個体だろうと思う。



 ネオンテトラは、『口腐れ病』に罹る子が増えてきた。口周りが変形して白濁してしまうのである。これも病原菌が原因のようで、殺菌灯を設置した後は減ってきた気がする。

 目が白いカビに覆われる『水カビ病』に罹る子も。その目は失明し、酷いと眼球ごと脱落する。これは水温を上げることで多少改善した。



 クラウンローチは『白点病』になった。体の表面にポツポツと白い点が出る症状で、泳ぎ方が目に見えて弱々しくなった。

 これはハクテンチュウという寄生虫が原因らしい。水に薬液を入れてしばらく泳がせたら上手く駆除できたようで、白点が消えて元気になった。幸い、誰も死ななかった。



 世代交代の早いチェリーシュリンプ。

 ある時、頭に白いポワポワの毛を付けた子がいた。帽子みたいで可愛いな!と能天気に眺めていたら、他の子にもあった。

 なんと『エビヤドリツノムシ』という寄生虫だった。淡水エビの頭にのみくっつく虫らしい。何そのピンポイントな生態。なお無害。

 他のエビにどんどん飛び火してしまうので、感染した子を1匹ずつ隔離して塩水をかけ、離れたツノムシをスポイトで吸い取る、という地道な作業を行った。


 また、『エビヤドリモ』という藻に寄生されたエビもいた。

 後ろ脚部分に藻が生えて絡み付くのである。虫ではなく植物なので、エビの体の中にまで侵食してしまう。

 光合成できなければ良いのではと、隔離して真っ暗な場所にしばらく置いた。結果、藻が多少枯れてエビはやや元気になった。しかし水質など管理しづらい状況とも相まって、程なくして死んでしまった。



 ……という対処も、全て夫がやった。



 こうして多くの命が失われたが、一方で新たに生まれる命もあった。


 一番上手く繁殖できているのは、チェリーシュリンプだ。

 成熟したメスは交尾の後、後ろ脚の間に卵を抱え込む。体色の薄い子だと、卵の姿をはっきり見ることができる。

 抱卵期間は3週間程度。その間、後ろ脚を頻繁にパタパタして新鮮な水を卵に送る。孵化間近になると、一つ一つの卵の中に稚エビの目を確認できるようになる。


 一度の抱卵で20〜40匹ほどの赤ちゃんが生まれる。孵化したばかりの稚エビは体長約2〜3ミリ。めちゃくちゃ小さいけど、ちゃんとエビの形をしている。


 カラーは親の色が遺伝する。ショップから迎えるエビは同じ色同士で掛け合わせてあるので鮮やかな原色だが、自宅水槽で混ぜこぜに飼っているとどうしても赤ちゃんの色も混ざってくる。

 元々いたのは赤、オレンジ、青だけだったのに、薄い赤の子、薄いオレンジの子、全身が水色で頭部にだけ赤色が入った子、茶色の斑模様の子、限りなく透明に近いブルーの子などが生まれた。

 チェリーシュリンプはヌマエビの改良種であり、異色間交配を繰り返すとだんだん元のヌマエビの色である透明に近づいてくるようだ。



 グッピーも繁殖しやすい魚である。卵胎生で、メスは自分のお腹の中で卵を育てる。そのまま孵化して稚魚がある程度育ってから、出産する。

 一度に20〜30匹程度の稚魚が生まれる。頭から尻尾までで1センチ弱。だいたい1割ほどは上手く孵化できなかったものや畸形などが混じり、そういう子はすぐに死んでしまう。


 ところで、このグッピーという魚。動くものをエサと認識し、口に入るサイズのものは食べてしまう習性がある。

 つまり、親が赤ちゃんを食べてしまうこともある。

 そのため、出産時は繁殖用隔離箱に入れる。上下に仕切られており、赤ちゃんだけが細いスリットから下に落ちる仕組みになっているものだ。


 これを書いている11月中旬にも、1匹のグッピーが出産した。なんと45匹も生まれ、畸形の1匹以外みんな元気。

 そして、珍しいアルビノが7匹もいた。

 第2話のコリドラスの紹介でも軽く触れたが、アルビノとはメラニン色素の欠乏した個体のことである。全身が真っ白で、目は血の色が透けて赤く見える。自然界においては目立つので捕食されやすいらしい。

 このカラーのグッピーは品種名が『リアルレッドアイアルビノドイツイエロータキシード』になるようだ。デュエルしようぜ!



 エビにしろグッピーにしろ、たくさん生まれるということはそれだけ生存率が低いということである。

 自然界であればもちろんのこと、管理された水槽の中でもちょっとした加減で赤ちゃんはすぐに死んでしまう。奇跡みたいな確率で存在する命なのだなと思う。


 死んだ生物は、他の生物に食べられる。赤ちゃんだけでなく、大人もそう。

 エビも魚も雑食だ。同じ種族で一緒に泳いでいた仲間でも、死んだら食べる。

 弱ってる魚がいるなと思ったら、その翌日にはすっかり背骨だけの状態になったものが土の上に転がっていたりする。


 こうして死骸が分解されるおかげで、水がさほど汚れず済んでいるのかもしれない。

 他の糧となることで、新たな生命の源となっているかもしれない。


 水槽の中に、生態系がある。

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