第三話 雪女の怪
最初は、ただの変な夢だったんです。
その時私は自宅のアパートにいました。時刻は夜中の零時を過ぎていたと思います。丁度、大学の課題をやっている最中でした。レポートの資料をまとめている時、ふと部屋の外から歌みたいな声が聞こえてきているのに気が付いたんです。
初めは気のせいか、もしくは隣人が歌の練習でもしているんだと思って無視していたんですが……毎晩続くと、流石に
歌が聞こえるようになってから、五日目くらいの夜だったと思います。その日は早めにベッドに入って眠っていたのですが、またあの歌が聞こえてきたんです。それで起こされてしまって。だから私、もう兎に角いてもたってもいられなくなって、ベッドから飛び起きたんです。
その時でした。
見慣れた部屋の中に、奇妙なものが混ざっているのが見えたんです。
雪男でした。
全身が毛むくじゃらの類人猿に似た姿で、でも動物園や図鑑なんかでは絶対に見たことのない種類でした。だから多分、アレは雪男なんだって、直感でそう思ったんです。
ソレが枕元に佇んでいて。
何をするでもなく、私を見下ろしていたんです。
私は
これだけでも、もうどうにかなってしまいそうだったのですが……『
雪男が
その時、私の体が勝手に動き出したんです。
私は雪男の後をついて行きました。
体が動くんです。私の意思とは関係なく。それは、まるで誰かに操られているかのような心地でした。
私は寝間着のまま玄関を開けて外に出ました。もちろん私の意思ではありません。必死に抵抗を試みましたが、どうすることもできなくて……。結局、そのまま近所にある廃病院まで来てしまいました。
それから、病院の地下に降りて行くと――そこに、雪女がいました。
……アレを雪女というのは、少し
でも私には、アレは雪女なんだって、そう思えてならないんです。見た瞬間に直感しました。巨大で、今までに見たどんな生き物とも違うあの姿は、それでも確かに
雪女はずっと何かを呼んでいるようでした。
それを聞いて私思ったんです。ああ、私が今まで聞いていた歌はこいつの呼び声だったんだなって。そう気が付いた時に――
自分の部屋で。その時は変な夢見たなーってくらいにしか考えていなかったのですが。その日の晩から、もっとおかしな夢を見るようになったんです。
毎晩毎晩、夜になると雪男が私を迎えに来るんです。
すると私はまた人形みたいに操られて、雪男に連れられて外に出る。そうしたら、道路に誰かがいるんです。多分、私と同じで雪女達に操られてる人。二十人以上はいたと思います。それから、雪男に先導されて私達は廃病院に入っていくんです。それで、今度は病院の階段を上がっていって、屋上に出る。そして、雪男の命令で、一人ずつ……飛び降り自殺をやらされるんです。
ぼとり、ぼとりと。
オートメーションで廃棄されるゴミみたいに、一人ずつ落とされていきました。
最後に自分の番が来て、飛び降りると、意識が飛んでまた自分の部屋で目が覚めます。でも、今度はそれだけじゃなくて。
―――頭が、痛いんです。
まるで本当に飛び降り自殺をして頭が砕けてるんじゃないかっていうくらい、頭が痛くて。それが、日を追うごとにどんどん酷くなっていくんです。悪夢を見る度に頭の痛みが大きくなっていて。
……客観的に見ればもっと違う判断ができるんだと思います。でも私には、頭痛の原因はあの悪夢にあるんだと、そうとしか思えない。実際、病院に行っても原因不明で。今ではもう、頭痛薬どころか鎮痛剤を飲んでも一日中ずっと頭が痛くて。頭が痛いのがあんまりにも辛くて、だから、このままじゃ私―――――
―――――夢と同じように、現実でも飛び降り自殺をしてしまいそうで。
それが、依頼の内容だった。
発作的に頭痛が悪化し、私は頭を抱える。最早なにも言えないほどの痛みに顔をしかめた。
こちらが痛みを堪えている横で、名無しは一旦ペンを止めて「ふむ」なんて風に頷いている。
「幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「……なに、を」
「その雪女に呼ばれたという、最初の夢を見たのは何時ですか?」
「確か、六月のッ、終わり頃……だったと思い、ます」
曖昧な記憶を懸命に探りながら答える。割れそうに痛む頭では、一か月前はおろか昨日の夕飯を思い出すことすら困難だった。いや、そもそもなにも食べていないんだったっけ。
私はずっと放置していたコーヒーカップに手を伸ばす。
喋り続けて口の中が乾いてしまっていた。私はコーヒーを一口含み、顔をしかめる。不味い。このコーヒー、なぜか磯の臭いがする。
「ふぅむ、なるほど」
こちらの苦痛など素知らぬ様子で、名無しはしたり顔で頷いてみせた。それを目にした瞬間、自分の中で何かがはち切れそうになるのを自覚する。
「あのッ! 私の、この頭痛とか悪夢は治るものなんですか!?」
テーブルを叩き、半ば怒鳴る形で詰問する。
そんな私の乱暴な態度にも気を悪くした様子もなく。全く変わらない態度のまま、名無しは答えた。
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