第四話 困った時はこれ
「んー……そうですね。治るかどうかの確約は致しかねますが、原因の究明と排除ならば可能かと」
「本当ですかッ!?」
思わず身を乗り出して勢いよく食らい付く。
「はい。よろしければ本日から調査させて頂きますが、当社にご依頼なさいますか?」
名無しの言葉に全力で頭を縦に振る。
この頭痛と、あの訳の分からない悪夢の原因が分かり、尚且つ排除できるとなればそれはもう治ったも同然だ。まさしく願ったり叶ったりというやつ。
もちろん、この男に、本当にそれができるのならの話ではあるが。
「―――ああ、依頼料については成功報酬のみで結構です。我々がご依頼を達成できなかった場合や、あるいは成果に納得いただけない場合には、諸費用の請求等は一切行いませんので」
「……いいんですか?」
……まあ、確かに胡散臭いけれど。前金を取らないというのも、それはそれで怪しく思えてしまう。
「ああ、そうだ。こちらは当事務所で発行した御札です。宜しければどうぞ。患部に貼付していただければ効果があります」
そんなことを言って、名無しは懐から一枚の紙切れを取り出した。
不信感が増した。
私は思いっきり眉をしかめ、差し出された紙を見る。
見た目の質感は紙というよりも絹に近い。紙面には黒いインクで如何にも霊験あらたかそうな紋様が描かれていた。中でも真ん中にある五芒星が特徴的で、星の中心にエジプトの象形文字みたいな眼が描かれている。
これを患部に貼付しろとは……つまり、キョンシーみたいに額に貼れということだろうか。
あまりの馬鹿馬鹿しさに考えるだけで
札を手に取り、額に押し付ける。その瞬間―――
潮が引くように、すっと頭痛が和らいだ。
全く痛くない訳ではないが、驚くほど楽になったのは確かだ。
思わず目を白黒させる。
まさか本当に効果があるとは。プラシーボ効果による私自身の思い込みの成果かもしれないが、どちらにせよ頭痛が治まるならなんでもよかった。
「どうですか? なにか、変化はありましたか?」
「えぁ、はい……頭痛が引いて、だいぶ楽になりました。どの頭痛薬を試しても効かなかったのに、まさかこんなので……。あ、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫ですよ。ですが効果があるということは、どうやらタチバナさんが見ている夢はただの夢ではない可能性が高いですね。その御札は
さらりと、名無しはそんなことを言った。
―――妖。
つまりは妖怪とか物ノ怪とか、そういった
この平成の時代に何を言っているのか――なんて言いかけた言葉を飲み込む。そもそも雪男や雪女だなんて言い出したのは私の方なのだ。今更常識に囚われてどうするのか。
何より現代の医学と精神学ではどうしようもなかった頭痛を軽減したという事実がある。妖怪の存在を事実として受け止めるかどうかは別にしても、この人に頼んでみる価値はありそうだ。
という訳で、私は全力で掌を返すことにした。
「それでは一段落ついたところで、話を質問の続きに戻させていただきますね」
メモ帳のページを
「二つ目の質問です。失礼ながら、誰かの恨みを買ったことはありますか?」
「ありません」
「即答ですね。では三つ目の質問です。最近、周囲で友人や知り合いが失踪したということはありませんか?」
「……たぶん、そういうのはなかったと思います。私が知る範囲では」
曖昧に答える。
この時期なら大学は夏季休暇に入っているだろうし、私自身は体調不良を理由にここ半月ほど自宅に引きこもっているから断言はできないのだけれど。少なくとも携帯電話のメールや留守電にそういった類の連絡はなかったのだから、いないと考えるのが妥当だろう。
……とはいえ、昔の知人は大体縁切りしてしまったから、私の知らない所でそういった事件があった可能性は否定できないが。
「なるほど、分かりました。では最後に住所と電話番号をお教えくださいますでしょうか」
事務的な質疑に応答する。すると、名無しは朗らかに微笑んだ。
「ありがとうございます、こちらからは以上になります。早速、本日から調査を始めさせていただきますね」
「はい。……よろしくお願いします」
額に札を押し付けたまま頭を下げる。
名無しはにっこりと人懐っこい笑みを浮かべると、伝票を手に取って立ち上がった。そしてレジの方へ向かう。
その後ろ姿を見送ってから、私は額から札を引き剥がした。
頭痛が増す。
けれど、耐え切れないほどではない。多少弱まりこそすれども、どうやら札の効果そのものは永続的なものであるようだ。
私は溜息を吐き、コーヒーカップの取っ手に指を絡めて持ち上げる。
すっかり冷めてしまった黒い液体を口に含む。……頭痛は引けども味覚は変わらず。喫茶ギルマンのブレンドコーヒーは、致命的に磯臭いままだった。
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