LV.22 おおきなおおきな落とし物

木々の葉は風によって揺れ心地よい音を響かせ、灯篭に灯された火によってまるで生き物かのような影を路地に映している。

この村の一日の終わりが早いのは、電気が通っておらず日と火の灯りで暮らしているからなのか、老人ばかりが住むからであろうか。

しかし、今日まさしくその者たちの例外、ユウマ、コウ、イトの三人の若者が提灯を片手に夜道をこそこそと歩いている。


「私、夜に出歩くの初めて! すごくドキドキするわ!」


イトは二人の先導し、二人はイトに続く。


「しかし、いいのか? 俺たち縛っとかなくて。 逃げちまうかもよ。」


コウが初めて見る提灯を興味深そうにつつきながら、イトに尋ねる。

イトは足をとめ振り返ると例の笑顔で答える。


「大丈夫! にげないでしょ!」


「まあ、もうあれは勘弁だ...。」


振り返ると数分前、イトの能力によって縛り上げられたコウを救出するのには随分と手間がかかった。なんでも糸を出す量を間違えたらしく、散々な絡まりようだったからだ。

かろうじて沈み切っていなかった太陽も現在ではとっくに空から消えている。


「そういえば、イトは俺たちが犯人じゃないってどうしてわかったんだ? それとどこに向かってんだ?俺たち」


コウがイトに質問する。

イトは振り返らずに歩きながら説明を始めた。


「今向かってるのは、村の奥にあるウンガイ池。 私そこでよく、お昼ご飯食べるんだけどね。 たしか3日くらいまえだったかなあ? おにぎりを池におとしちゃって。 ...で、すぐに池を覗き込んだんだけど、.......なんとおにぎりがなくなってたの!」


「・・・見えないだけで沈んでるんじゃないですか?」


ユウマが疑問を挟む。


「ううん。 ウンガイ池ってそんなに深くないし、なんなら底みえるくらいなのに、なかったのよ! それからいろんなものを落としてみたわ。 そしたらなんと、どれもこれも池に落ちたとたんに消えちゃったの! いままでこんなことってなかったのに! これってすごく怪しくない?」


数秒間沈黙が続く。

もしイトの言っていることが本当だとしたら。


「...誰かの能力。 状況からみても窃盗犯の可能性が高いか。」


「そ。 多分池の中になにかあるのよ! そんな能力があるのにのこのこ村の入り口から犯人が入ってくるわけないから、ユウマ達のこと信じたの。」


「なるほどなあ。 .......でもよー。それって村の人たちに話したらよかったんじゃねえか? そしたら俺たちが捕まることもなかったよな。」


イトが立ち止まる。


「...信じてもらえなかったの。 仕方ないんだけどね。 おじいちゃん達からしたら私ってまだまだ子どものようなものだし、村のこと決めるときもいっつもそう。」


またも数秒の沈黙が流れる。

そしてそれを打ち破ったのはイトだった。


「...だからこそ、村を変えたいって思うんだ! 頑固なおじいちゃん達にも外の世界を知ってほしい。 いろいろな人がいることを知ってほしいんだ!」


イトが振り返った。


「さ!着いたよ。ここがウンガイ池!」




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二人がイトに追いつくとそこにはこじんまりとした池があった。小さな崖から流れる水が池に溜まり、池の水は小さな川となって下流の方へと流れている。そのためか水はきれいな状態を保っており、池の上空に葉がないため、月明かりが池を照らし淡く光を放っているようにも感じる。どこか神秘的だ。


「よるだとこんな風になってるんだねー!」


イトは初めて見る池の一面に感動し、ユウマとコウの二人もこの光景になにかしらの趣を感じている。


またもやしばし沈黙の間が流れ、はっと思い出したようにイトが手をたたく。


「よし!早速ためしてみよう!」


イトはそばにあった小石を持つと池の中に落とした。石は池へと落下していき、水面に着水すると同時に水しぶきをあげ波紋を広げたが、三人がのぞき込むとさきほどイトの落とした小石は姿を消していた。


「・・・疑ってたわけじゃねえけどほんとだったな。」


コウはからかうようにイトにそう言うと話し続けた。


「けどこっからどうすんだ?」


「...とりあえず、私たちは早朝4時までに犯人を捕まえなければだめなの。 そうしないとおじいちゃん達起きてきちゃうから。 ええと今何時くらいなのかな。 タイムリミットは...」


「今ちょうど22時くらいだから6時間ってとこだね。」


ユウマが答える。


「イトさん。犯人の手がかりはほかにある?」


「複数人いるかもっておじいちゃんが言ってたかなあ。あんまりこれ以上はわからないわ。」


「どうだ、ユウマ。なんかわかりそうか?」


コウがユウマに期待の目を向ける。


「・・・ちょっと、そんなに期待しないでよ。 ...うーんそうだな。 とりあえずこの池は窃盗犯がなにかしら手を加えている可能性は高いと思う。 イトさん以外の足跡がうっすらあるしね。 けど妙なのは、コウも気付いているだろうけど、まわりに人の、しかも複数人の気配があればわかるものなのに、それがないんだ。それに加え、この誰かの足跡 ... ほら池の方に向かってる。」


そういうとユウマは提灯を地面に近づけ足跡をたどる。


「あくまで僕の仮説だけど、この池、いや水面かな。ここを通ると別の場所へワープできるんじゃないかな。 そうすれば池に落ちたものが池の中にないのも、足跡が池に向かっているのも、このあたりに人の気配がないのも説明できる。 水面の向こう側が窃盗犯の拠点で、ここから村への窃盗を繰り返しているんだと僕は思う。」


ユウマが話し終え顔を上げると、コウとイトがユウマに羨望の眼差しをむけていた。ユウマはおもわずぎょっとする。


「すごいわ! なんだかそんな気がしてきたもの!」


「だろ。うちのユウマはすごいんだ!」


「...はいはい。 でもほかにもまだ可能性があるわけだし、もうちょっとこの池の周りを探索してみよう。 もしかしたらなにかしら犯人に繋がる手がかりになるかも...。」


「だったら、私の糸を使って。 ...ほらこうやってお互いを結んでおけば、暗い林の中でもお互いの位置がなんとなくわかって安心でしょ? 私も役に立つんだから!」


そういうとイトは指先から慎重に糸を出し、お互いを結び始めた。長さは十分にありこれなら行動に支障がでない。


「よし! 準備完了! んじゃ、手分けして探そうぜ!」


そういうとコウは這いつくばって池の周りを周り始めた。ユウマとイトはその様子を一瞥し、それぞれの箇所を調べ始める。


池の周りはコウが担当するようだから僕はそのさらに外周、林の中を探索しよう。

気になるのは窃盗犯らの侵入経路。

村の入り口は僕たちが入ってきたあの道だけで、ほかに村に接続する道はない。それなのにこの村通らないとこれない池まで来ているということは、この林の中を通ってきた可能性が考えられる。

そうなると、道を歩いた時よりも植物をかき分けて進んだ痕跡がはっきりと残っているはずだ。池の水面と別の場所をつなぐ能力という僕の仮説が正しければ、林を通らずにこの池に直接来れた可能性はあるが、足跡が残っている以上、池の周りに出たことは間違いない。


ユウマがそう考えていた時のことだった。

まただ。

ユウマの右手の甲がうすく光っている。


「これは...」


あのときと同じだ。牢の中でカギを見つけたときと同じ現象。

光は前回のときと同様に淡い光となって空中を漂い消えていく。やがてある方向へと流れ始めた。


「またなにかあるってこと?」


光が漂う方向に従ってユウマはゆっくりと林の中を進んでいく。

やがて数メートル先の茂みが光っていることに気が付いた。手の甲の光もそこにむかって漂っている。茂みに近づき、かき分ける。何かが見えた気がしてユウマは茂みの奥に手を突っ込んだ。


掴んだ。


拾い上げたのは豪華な装飾が施された髪留めだった。

特にひときわ目立つ位置に青い宝石が埋め込まれており、そうとう高価なものであることがわかる。


「これがいったいなんだっていうんだ...?」


ユウマがつぶやくと手の甲の光は消えてゆき、髪留めからの光も消えた。

これは今考えてもわからないだろう。二人のところにもどって相談してみるか。

そう思いユウマが顔を上げると、髪留めを拾ったあたりの周囲の土が踏み荒らされていることに気が付いた。

複数人の足跡。少なくとも三人。二人は普通の靴だが、もう一人のこれは?


その時だった。


ドボンッ!


後方で大きな音が響く。まるでなにかが水の中に落ちたときのような...。


「コウ!」


ユウマはあかりと糸を頼りに全速力で池へと戻る。

池にたどり着くと、コウの姿が見えない。池には不自然な波紋が広がっている。

ユウマは思い出したかのようにコウへとつながる糸をたどった。

たぐりよせた糸の先は...




池の中へと消えていたのであった。

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