第二章
Lv.21 ~歓迎!ようこそオボロ村へ~
氷の国リオール、炎の国ホムラとはもともと対立関係にあったが、現在水の国の仲介を経て停戦協定という形をとっている。しかし、両者の関係は水面下でにらみ合いが続き、一触即発の状態が続いているというのが現状のようだ。その国民性も正反対であり、個の力、能力の強さを重視する炎の国に対し、氷の国は軍の力、基礎身体能力の強さを重視する傾向にある。
地理的に見れば、ホムラとリオールを分かつ国境として機能しているのは、ホウオウ山に連なる南北にのびるエンライ山脈である。ただ明確な国境が存在するわけではため、停戦協定という一時的な平和を装っている以上、山脈付近に両国の軍に当たる人員が配置されることはめったにない。不用意に戦力を近づければそれが戦争の引き金となってしまうからだ。
両国の行き来をほぼ不可能のものとしているのは、ずばりその山脈であり基本この両国を行き来するためには、北の水の国を経由するしかない。
一方、水の国はその人の行き来の多さからリゾート地、貿易地、住宅地として重要な役割をもつため、国境付近での警備は厳重なものとなっている。
炎と氷の二大国の仲を取り持つのにも相応のメリットがあるというわけだ。
「やっぱり、山超えるしかないよねー...。」
城からの脱出、アルボロとの特訓を終え、一日が経とうとしてた。
ユウマが道すがら集めた情報をもとに同じ結論に帰着する。
ユウマがため息をつくとコウが口をはさむ。
「でもよ、俺ら慣れてるだろ? 山歩き。」
「さすがに規模が違いすぎるよ...。」
そういって二人は目の前に立ちはだかるそれを見上げる。
エンライ山脈。高いところでは標高2000mを超える立派な山脈だ。
また地形の影響もあってか峰付近は常に豪雪であり、生半可な気持ちで登山を志す者はひとりとしていない。
「それに、僕たち防寒できるようなもの何も持ってないでしょ? ほんと、いったいどうしようか。」
かつてユウマ達が暮らしていた炎の国の小さな山にも季節は存在し、雪の降るような時期もあったが、寒さに対する備えの知識などたかが知れている。
「だから俺ら、ふもとの村を探してるんだろ?」
「まあ、舗装された道だし、この先になにかしらはあるだろうけど...。」
ユウマがそう言いかけた時だった。山道の先に人工物らしき門のようなものが見えた。
「あ、あれって村じゃね?」
コウの言う通り、門のその先には開けた土地と数軒の家が立ち並び、数人の人影が見える。
「ラッキーだね。 ひとまずここで装備をととのえよう。」
2人が村に足を踏み入れたそのときだった。
「あんたら、よそものかえ?」
突然の背後からの呼びかけに二人は思わずビクッと反応する。
振り返ると着物をきた背の低い老婆が二人の背後にたっていた。
「さては、あんたら、例の盗難事件の犯人だえ?」
老婆はまじまじと二人を見つめると、険しい顔をして言い放った。
突然の老婆の言い分に二人は困惑の色を強める。
「...犯人? ちょっと待ってくれ。 俺たちは___」
「じいさんやーー!!! 犯人現れたえ!! とっ捕まえるえーー!!!」
コウが対話を試みようと話しかけたが、老婆は老婆のものとは思えない声量で村のなかへ大声をあげた。
次の瞬間、ひとつの建物から老人が出てきたかと思うと、我々を認識するや否やその指をこちらにむけ何かを放った。
「ぐっっ!!」
ユウマ達は咄嗟に臨戦態勢をとろうとするも、得体のしれないなにかに上から押さえつけられるとその場から身動きがとれなくなってしまった。
「へへへ、とうとう捕まえてやったぜ、小悪党ども、このオオツチを舐めてもらっちゃ、て、イテテテ、腰が、、、。」
老人はこちらに近づくも腰を抑えて苦しそうにうずくまった。
「誤解です! 僕たち今ここについたばっかりでなにがなにやら...。」
「、、、言い訳はききたくないぜ。ほら、とっとととったもん返しな!」
状況が呑み込めないままユウマ達は抗議するが、老人たちは一向に耳を貸さない。それどころか集まってきた野次馬までこちらに罵声を浴びせている。
「らちが明かないえ。 場所を移動するのがいいえ。」
そういうと老婆は身動きの取れないユウマ達に手に持っていた花を近づけた。
その花は見たことのない花であったが、においをかぐと急に猛烈な眠気に襲われた。
視界がぐらりと揺れる。
まずい。
そうは思いつつもユウマ達は意識を落とすのであった。
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「はっ!」
ユウマが意識を戻すと、そこは蔵のような建物であった。あたりを見回すと、先ほどの老人夫婦、村人と思われる複数人の老人、そして隣には椅子に拘束されたコウの姿があった。
コウの状態から察するにユウマ自身も同様に拘束されているようだ。コウは一足先に目を覚ましていたらしく、意識が戻ったユウマをみて一安心の表情を浮かべている。
どうやらまだ話し合いの余地は残されているらしい。
二人が起きたのを確認するとオオツチと名乗っていた老人が二人の前に座り込み口を開く。
「...単刀直入に言うぜ。 おめぇらが盗んだおれたちのもん、返してくれねぇか? そうすりゃ警備団に突き出すのも考えてやってもいい。」
警備団 ...! 僕たちは炎の国の都グレンでの事件で警備団に見つかるわけにはいかない。なんとかしてそれだけは避けなければ ... 。
「僕たちはここに来たばかりです。 この村で何が起こったのかさえ分かりません。 すみやかに去るので拘束をはずしてはくれませんか?」
なんとか懇願するも、村人たちの表情は険しいままだ。
「いいか? 盗られたもんはな。俺たちが冬を越すためにはなくちゃならないものなんだ! ここには定期的に警備団が見回りに来る。 次は2日後だ。 それまでに盗ったもん返さなきゃ、おめぇら犯罪者として引き取ってもらうからな!」
そういうと、オオツチとその他村人たちはこちらをちらちらと伺いながら蔵の外へと出ていった。
扉から見えた空は赤く、もうすぐ日が暮れることを知らせている。
「...どうする?」
コウが口を開く。外の人間に聞こえないよう小声だ。
「村人には悪いけど、僕たち犯人じゃないし、話も通じなさそうだから逃げるしかないね。どう? コウ、"電気化"で抜けられそう?」
コウの能力"電気化"であれば、拘束をすり抜けて抜け出すことは容易だろう。まったく便利な能力だ。
「おう、いけそうだ。」
そういって腕の拘束を外しひらひらとこちらにむかって振って見せる。
「...ただいたるところが縛られてるから、全身抜け出すのに1分ってとこだな。」
コウの"電気化"はインターバルと範囲制限があるため、一度に全身の拘束を抜け出すことはできない。それでも抜け出せればこちらのものだ。
「ていうか、これ縛ってるの燃えそうだし、ユウマの"炎"でもいけるんじゃないか?」
コウに指摘されはっとする。たしかに、最近グレンの事件で獲得した能力であるためすっかり頭になかったが、僕にも炎を出す能力がある。これを使えば...。
そういってユウマが炎を出すイメージをしたその時だった。
スゥーと静かな音を立てて蔵の扉がわずかに開く。
しまった。抜け出そうとしているのがばれてしまう。
そう慌てる二人であったが扉からこちらをのぞいたのは、静かにこちらの様子をうかがう若い女であった。
とっさにコウは両手を拘束されていた椅子の後ろに回す。が、一足遅かったようだ。
「え、うそ。 どうして... いや、それよりも」
女の人は驚いた顔をしていたが、なにかを決心したようにうなずき、ひそひそ話始めた。
「___あなたたちが犯人じゃないのは知ってるわ。 ここから逃がしてあげる代わりに私の作戦に協力しない?」
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脱走を実行したとたん見つかることは想定外だったが、さらに想定外なことが起こった。僕たちの脱走を発見した女性は、見る限りこの村で一番若そうで僕らの一回り上くらいの印象をうける。彼女の着物はほかの村人たちより小奇麗で、はじめに遭遇した老夫婦の着物にあった刺繍と同じ形の刺繍がある。
黒目黒髪で長髪であり、おしとやかな印象をうけるが、目や表情からは興奮が抑えきれておらず、どこかこどものような印象もうける女性だった。
ユウマが事態を把握しようと黙っているとコウが話し出した。
「逃がしてあげるっていってもよ。 ...ほら、ごらんとおり、俺たちはアンタの助けがなくても自力で逃げるよ。」
理不尽に犯人扱いされて少しいらだちがあったのか、コウは煽るように再度自由になった両手をひらひらとふる。
「! コウ! ...すみません。もうすこしお話を伺ってもいいですか? 僕たち本当になにがおこってるのかわからなくて...。」
ユウマはコウを窘めると、女に向かって話す。
もしこの女性の機嫌を損ねほかの村人を呼ばれれば、今度は脱走する手段がなくなるかもしれない。ここは穏便に済むよう相手の出方をうかがうしかない。
ユウマの言葉を聞くと、女は少女のような笑みを浮かべて答えた。
「ええいいわ。 元気そうなのと、賢そうなの、すごく気に入った! 私はイト! よろしくね。」
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「僕はユウマ。隣はコウです。」
イト、と名乗る女に合わせ、ユウマも自己紹介をする。
「それで、いったい僕たちはなにを協力すればいいんですか?」
「わあ。 単刀直入、ってやつだね、ユウマ! ...うーん。 その前にまず、ユウマ達がどうして捕まってるか知りたくない?」
ユウマの問いかけにイトはまたも笑みを浮かべ、質問を返す。
「俺はすごく、知りたいぜ。」
コウはすべての拘束を外し終わり、リラックスした体制で拘束されていた椅子に座りなおした。その様子をみてイトは話し続ける。
「でしょでしょ、コウ! 最近ね ... といってもここ一週間くらいかなあ、村のものがなくなるっていう大事件が発生したの。 ... で、そのなくなったものが村にとって結構大事なものだったし、なくなるなんてこと今までなかったらしいから村中大慌て。 おじいちゃんたちは、よそ者の仕業だー。とか騒いでたし、私もそう思うんだけど、なんとまあちょうどいいタイミングで珍しくお客様がきたもんだから、みんな勘違いしちゃったんだよ!」
「そのお客様が俺たちってわけか...。とんだ迷惑な話だな。」
むすっとした態度をとるコウをよそにイトは話す。
「まあまあ。 おじいちゃんたちの勘違いも仕方ないっていうかー。 この村はね、"去る者は追わず来る者は拒む"ってスタイルなんだ。そのせいで村の人はみーんなおじいちゃんになっちゃったし、若い人はみーんな出て行っちゃったの。 で、新しい人も来ないから村の人同士もちょー仲良しなわけ。 だから、よそ者のユウマ達をすごく疑っちゃうのも無理はないっていうかー。ね?」
イトの話は一通り終わったらしく、ユウマが聞いたことを頭でまとめながら再び同じ質問を繰り返す。
「...なるほど。だいたいの事情はわかりました。 それで、イトさん。 あなたの作戦と僕たちがする協力っていうのは...?」
イトはよくぞ聞いてくれましたとばかりに自慢げな態度をとって話始めた。
「私はね。 ......ずっと外の世界にあこがれてたの。 村以外のいろんなところへいってみたい。 いろんなものをこの目で見てみたい。 けどね。 私がここを離れるとおじいちゃんたちが悲しむの。 ......私にはそれがつらい。 この村のことも大好きだから。 だから、この村を変えたい。 おじいちゃんたちがさみしくないように、外からたくさんの人が来るような、そんな村に!」
イトは手を上げ、天、もとい天井を見上げている。コウはユウマと顔を見合わせ、しぶしぶ質問する。
「すげえ立派だと思うし、いいことだと思うけどよ。 ...俺らは結局何すればいいわけ?」
イトは上げた手を下ろし、腰に据えた。
「捕まえてほしいの。」
「何を?」
「犯人を。」
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コウはあっけにとられたように口を開けたままだ。
ユウマは自分の頭の中での推測をイトに伝える。
「...よそ者の僕たちが犯人を捕まえることで、村人のよそ者に対する抵抗感をなくす、のが目的とか?」
「せいかーい。 外からくる人を毛嫌いしてたら一生人が来ない村のままだから、せめて外の人も悪い人ばかりじゃないってことを知ってほしいの。 ユウマ達は自分が犯人じゃないって証明できるし、おじいちゃんたちは盗られたものが返ってくるし、私としては望みの第一歩が果たせるし、これって一石二鳥とか三鳥とかじゃない?」
「どういう数え方だよ。」
「とにかく! やる?やらない?」
イトが決断をせまる。
正直僕たちにとってうまみはあまりない。イトに戦闘能力がないのであれば、このまま強引に脱走することは容易だからだ。このまま犯人が見つからなければ結局犯人とされてしまうというリスクもある。だが、脱走できたとして、国を出るつてを確保できる場所があるのかは賭けであるし、なによりイトや村人が不憫である。
ユウマが考えあぐねているとコウが口を開いた。
「イトを助けてやりたいって気持ちはもちろんあんだけど、俺たちも急いでんだ。 はやく山を越えなきゃなんねえ。 いるかもわかんねえ犯人探してる時間はないんだ。悪いな。」
ユウマがコウの珍しい物言いにあっけにとられていると、コウはユウマの拘束を解こうと椅子から立ち上がった。その瞬間だった。
「う゛っ!」
再びコウが椅子に座る。
いや正確には椅子に押さえつけられた。コウの体は白い糸のようなもので椅子に縛り付けられている。
視線をイトへ向けると、イトは指先をコウに向け、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「コウ すぐには抜けらんないでしょ? この状態でおじいちゃんを呼ぶこともできるんだよ? 私結構強いんだー。おじいちゃんにはまけるけどー。 ...でどうする? やるでしょ?」
「こわ」
コウが思わず顔を引きつらせ笑いがこぼれる。
「わかった。 イトさんの作戦、協力させてもらいます。」
ユウマは降参の表情でイトに宣言する。
それを聞いてイトはまたこどものような笑顔に戻り頷いたのだった。
「よかった! よろしくね。 ユウマ、コウ!」
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