第1章 幕間② 警備団大反省会

誰もいない廊下を歩く。靴の音と腰に付けた君主に対する忠誠を示す短剣の音が長い廊下に響き渡る。

あの事件から一日。受けた傷はほどほどに回復したが、入団してからの、いや生まれて初めての大失態を犯したという罪悪感は目覚めてから一時も消えることはない。

ゆっくりと短剣に手を伸ばす。この廊下が続く先は玉座の間。ホムラの国を治める王、ハクレン様の御座す場所だ。俺はそこに呼び出されている。


これから起こることは想像がつく。だが、この暗黒の未来へと歩みを止めるわけにはいかない。それだけ俺が犯した罪は大きいのだから。

王国警備団2番隊副隊長レンは静かに深呼吸する。玉座の間に続く扉の前には同じく警備団の1番隊の団員が門番を務めているようだ。


「皆様お揃いになっています。 それでは中へ。」




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団員によって開けられた先は広い空間だ。ステンドグラスの窓から指す日光によってその空間は神秘的に照らされ自然と不思議な気持ちにさせる。

この部屋に来るのはそう何度もあることではないがいまだに慣れることはない。

中央の奥、少し階段を上った他よりも高い場所には青い宝石で装飾された玉座がありそこには王の姿はない。

玉座から目を落とすと、そこには三人の人の姿があった。

レンはその者たちへ歩み寄る。

ふと一人がこちらに気づく。


「おお! レン君! 元気そうじゃないか! なによりだ!」


いつもは着崩している制服をきれいに着こなしたレイラ隊長だ。レンの直属の上司にあたる彼女も招集されているようだ。


「...はい。 ...ご心配おかけしました、隊長。」


レンの顔が曇る。当然だ。今回の騒動はレンの敗北を起因にすることは違いない。あそこで囚人を牢に戻せていたらこんなことにはならなかった。


「あまり気にするなよ、レン副隊長。」


そういってレンに声をかけたのは三人のうちの一人。大きな背丈に筋骨隆々な体。日焼けした肌に、ちらちら見える無数の傷跡。整えたのだろうがまだぼさっとしている暗めの赤い髪をしたこの男は、警備団の団長、キカンである。


「俺もよく書類仕事はミスをするが、まあおっさん連中に怒られるくらいだ。 今回も同じようなものさ!」


「まぁ、私たちがここに集められて、怒られるだけで済むわけないですよねぇ~。」


三人目が口をはさむ。


「おいおい。あまり部下を不安にさせるようなことを言うんじゃないぞ、ユメ隊長。」


キカンにユメと呼ばれたのは、ピンクの髪の上からベレー帽をかぶった、低い背丈にややオーバーサイズ気味な制服を着た女だ。目はいつも開いてるのだかわからないほどの細さで猫のような印象を与える。彼女は1番隊の隊長だが、今回の件、1番隊に直接の関りのない案件だ。なぜ彼女がここにいるのだろうか。


「ちょっと待て、レン君は私の直属の部下だ。ユメの部下ではない。」


レイラがキカンの言葉にさらに口をはさむ。

なにやら言い合いになりそうな雰囲気となったところで、声が響く。


「いまよりホムラ現国王であるハクレン様の御成りである。 皆のもの、控えよ!」


宰相の言葉とともに玉座の袖から姿を現したのは、我らの主君にして絶対の王ハクレン様だ。咄嗟に四人は整列をし、短剣を腰から外して膝をつき首を垂れる。これが我らの主君に対する忠誠を示す態度だ。



ハクレンはゆっくりと玉座に腰を下ろす。

その様子を見てキカンが口を開く。


「招集により、私、キカンを含め全員、御前におります。」


ハクレンは整列した四人を確認し、話し出した。


「お前たち、激務、療養の中、よく私の招集に応じてくれた。 感謝する。 面を上げよ。」


その言葉にそれぞれが頭を上げる。


「滅相もございません。 われら、ハクレン王の為ならばいかなる時でも御前に馳せ参じます。」


「お前たちの忠誠心にはいつも感謝している。今後とも... と、それより招集した本題に入るとしよう。」


レンはごくりと生唾をのむ。


「お前たちもわかっているだろう。 凶悪犯をとり逃したことに関する話だ。」


冷汗が止まらない。おそらくはレイラも同じ気持ちであるだろうが彼女はそういう感情は表に出さない。


「それぞれに思うところがあるだろう。 当然、与えられた任務に失敗したのだ、相当の覚悟を持ってきてもらって悪いのだが...」


風向きが変わる。


「今回の件、失敗も含めてすべて私の責任として処理することとする。」




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突然の発言に思考が止まる。それだけはだめだ。


「それはなりません! ハクレン様!」


レンは思わず立ち上がった。


「今回の件、発端は私がやつらに...敗北してしまったことです。 その責任は私が持つべきものに違いありません!」


「レン君、よせ! 王の前だぞ!」


思わず熱くなるレンをレイラが鎮めようとする。


ハクレンは複雑な表情をすると口を開いた。


「お前たちがそう思うのも無理はない。 詳しい説明は...おいカゲロウ、よろしく頼む。」


ハクレンの隣に立ったのはこの国の宰相カゲロウだ。かなりの年配で相当昔からハクレン王に仕えていたのだとか。白髪が混じった青髪で黒いローブを身に着けているため相応に目立つ。

カゲロウは紙を広げ、話し出した。


「それでは僭越ながら私、カゲロウが説明させていただきます。 なぜ国王様が責任を負う必要があるのか。 そもそも今回あの少年を逮捕したのは国王様の私情であります。」


「私情、ですか? 確か命令ではかの少年が持つ"本"の回収が目的と聞いていましたが...。」


レイラが疑問を口にする。


「ええその通りです。 我々はその本を回収することが目的でした。 あの本が特別なものであることはレイラ、それにレンも薄々わかっていることでしょう。 詳しいことは避けますが、その本にある特別な力こそ国王様のかねてよりの希望を実現するために必要だったのです。」


レンが苦い記憶を思い出す。黄色いのに最後の一撃を食らう前、その前の衝撃は確か囚人が遠隔で能力を発動したもの。視界の端に写ったのは囚人の傍らで浮かぶ本だった。そもそも囚人が収監された理由は確か...。


「あの少年は凶悪な犯罪者だと伺っていましたが...。」


「それこそ、あの少年、ひいては本を手に入れるための方便だったのだ。」


「つまりですね、望みをかなえるため国王様は本を手に入れることが必須の条件だった。 しかし実際に本を手にしていたのは、ただの少年だった。 彼の手から本を奪うには凶悪犯罪者ということにして警備団の力を使うのが手っ取り早かった。ということです。」


つまりなにも罪のない少年を、我々はよってたかって攻めていたのか?一人を除いて動揺が走る。


「どうして、そのような手段をおとりになられたのでしょう~。」


ユメがハクレンに疑問をぶつける。


「それは説明が難しい。 ...過去に経験があると言えばいいのだろうか。 あの本は、あの本の持ち主とは分かり合えない何かがあるのだ。 初めから交渉や説得という手段は頭になかった。」


レンは唯一怒りの感情が見える。


「そしてお前たちを集めたのはお願いがあるからだ。」


ハクレンが口を開く。


「...お願い、ですか? 命令ではなく?」


「そうだ。 その前に今回の件、一国の王として許されるものではない。 お前たちの忠誠心にも揺らぎが生じるものだろう。 いまここで確認したい。 まだ私に忠誠を誓ってくれるだろうか? ... もちろん私のやり方が気に食わないのなら団からは抜けてもらうが、その時には私から補償金と家族の安全と生活を保障しよう。 どうだ?」


互いに顔を見合わせる。意思を確認しキカンが代表して話しだす。


「我々が王より受けた恩はその程度のもので揺らぐことはありません。 なんなりと。」


「.......おまえたち...本当にありがとう。......ではお願いといこう。」




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「お願いというのは、このことを我らの内密にしてほしい。ということです。」


カゲロウが話す。


「"このこと"というのは...」


「無論、今回の件、国王様の私情によるものだったということです。 あなた方とは違いこの事実が知り渡れば国民の信頼が揺らぎかねません。 それは警備団でも同じです。 いま戦力をそぐわけにはいきませんからね。」


「...では今回の件、公にはどのように扱うのでしょう。」


レイラが質問する。


「レイラ隊長とレン副隊長には悪いが、お前たちの降格処分という形で決定した。」


降格。団を抜けさせられてでもあれらを追うつもりだったがこれは。


「...でもそれだと2番隊はどうなるのでしょう~?」


ユメが尋ねる。そうだ、隊長と副隊長が降格となるのであれば席は一度に開いてしまう。


「公には降格処分ということになっているがそうではない。2番隊は解体、1番隊と併合し、その隊長にはユメ、副隊長にはユウヒが引き続き行ってもらう。 レイラとレンはユメを補佐する形で実質的に元2番隊の団員を率いて動いてもらうことで働きは変えずとも、降格という処分に見せるだけだ。 また二人には、現在警備団に対し妨害工作および侵入者の手引きをした疑いのあるデンジ博士の監視を仕事に加えてもらう。」


「なるほどぉ。だから私が呼ばれたんですね~。」


「...処分と人事についてはわかりました。 では、取り逃したものたちはどう致すおつもりですか。」


ハクレンは悩むようなそぶりを見せる。


「なんにせよ、これ以上私の独断で警備団を動かすのは気が引ける。 捜索の結果、あのものたちの行方は分からなくなってしまった。 ここは手をひくしかない。」


「お待ちください。ハクレン様!」


ハクレンが言いかけた時だった。突然レンが立ち上がる。


「ぜひ奴らの捜索は私にお任せください!! 奴らがなにものであるにせよ、奴らがハクレン様の権威に泥を塗ったのは事実です! 奴らを必ずやひっとらえてハクレン様の元まで連れてきます。 なのでぜひ、私にもう一度チャンスをください!!」


どうも様子がおかしい。


「おいレン君、何言ってるんだ? 彼らには罪はないはずだ。 国王様が決められたことに反対してまで彼らを追う必要はない。」


「あの本はハクレン様にとっても必要なものなのでしょう!? 俺は絶対に奴らをとらえます。 だから行かせてください! ...... そうだ! 団を抜けます! 団を抜け、私がその足で捕まえに行きます!! だから...だからお願いします!! 次は絶対に、絶対に失敗しません!! お願いします!!! 見捨てないで!!とう___」


レンの体が力を失ったようにその場に倒れる。


「っ!! そこまでする必要は___!!!」


レイラがカゲロウをにらむ。するとハクレンは小さく右手を上げて制止した。


「......いやこれでよかった。カゲロウ。 すまない。 レンは私が預かろう。 彼の配属については後日改めて伝える。 ...お前たちも疲れただろう。今日はもう終わりにしよう。 詳しいことは後にキカン団長に通達する。」


そういってハクレンは寝息をたてるレンを抱き、カゲロウとともに玉座の間を後にするのだった。

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