いや、送ってこんでいいし。

西東友一

第1話

「ねぇ、土曜の午前中は暇?」


 大学生になったら彼女を作る。

 そう夢を描いて1週間。

 この言葉がかわいいJDから言われたら、どんなに嬉しいだろうか。


「はっ、うっさい。黙れボケぇ」


 けれど、埼玉を離れて、関西圏大学に進んだ俺は覚えたての関西弁を使いながら、これまた覚えたてのツッコミを入れる。


「イントネーションおかしくない?」


 スマホ越しの中年女性の声。

 そう、スマホ越しの相手は華やかなJDなんかじゃなくて、一番俺のことをよく知っている女性…母親だ。


「それより、ちゃんとご飯は作ってるの?」


 母親はこちらのリアクションなんてお構いなしに、間髪入れずに話をしてくる。俺は片づけるのが面倒くさくて2,3日放置している流しを見る。


「私は心配で…。あんた、家では料理も洗濯も一切何も手伝わないしやったことないから…」


 小言を一言、二言……で、済むはずもなく、たった7日しか経っていないのに怒涛のように小言をぶつけてくる母親。


「はいはいはいはい。じゃあねっ」


「あっ、ちょっと」


 俺はスマホを切る。

 すると、部屋が急に静かになった。


「んだよっ…まったく」


 久しぶりに母親の声を聞いて少し嬉しかったが、さすがにあんだけ言われたら、腹が立つし、面倒くさい。それに、


「俺はもう一人目だ」


 今年で19歳。来年は20歳。

 母親に弱音を吐けるような歳じゃない。


 ピロン


 切ったスマホの画面に通知が出てきて、相手はもちろん母親だった。


『土曜の午前は家に居なさいよ。宅配送るから』


 既読にするわけでもなく、そのまま画面を切って、ベットにスマホを投げて、シャワーを浴びに向かった。


 ◇◇


「土曜日、サークル見学行こうぜ」


 イケイケの内部進学の男子が教室で話しかけて来た。


「おう、行こうぜ」


 ただし、俺にではない。同じ内部進学の奴だ。

 そんな話をしながら二人は教室を出て行く。

 私立の大学は同じ高校から進学する人が多い。


(まぁ…俺が人見知りなのがいけないけれどな)


 俺も教室を離れて、町へと向かう。

 関西圏大学は大きい大学だ。同じ大学同士もいれば、俺みたいなソロの奴だっている。けれど、まだ、うまく話せていない俺は友達ができていなかった。


「今日は牛丼でも食うか」


◇◇

 

 ゾゾッ…ゾゾゾッ


「もぐもぐもぐ…なんか薄味だな…。つゆでも入れてみるか」


 俺は買ってきた『赤いきつね』を食べていたが、味が少し薄かった。だいたい、俺の食事は外食かインスタント麺だ。そして、今日は外に出るのが面倒くさかったから、カップ麺を選んだ。


 ピンポーンッ


「ん?」


 俺はキッチンの下に入れてあった1リットルのつゆを持っていると、玄関のチャイムが鳴る。ちなみに余談だが、お得だと思って買ったこの1リットルのつゆ。一人暮らしで4年間で半分以上余らせてしまった。損したのは数百円かもしれないが、資源を大切にするために、4年後の卒業時には「社会人になったら身の丈サイズを買う」ことを誓うことになる。


 都会には変な勧誘があったりすると聞いていた俺はドキドキしながら、のぞき穴を覗く。

 すると、宅急便の人が立っていた。


「はーい…」


「お届け物です」


 歳は俺より少し上くらいの爽やかな男性だった。

 かなり大きな段ボールを余裕の顔で持っていたので、軽いのかと思いながら預かると、かなり重かった。


「サインか、印鑑をお願いします」


「あっ、じゃあ、サインで」


 俺はゆっくり振り返り、荷物を置いて、再び彼を見ると宅配便の人がペンを渡してくれたので、俺は自分の名前を書く。


「ありがとうございました」


 そう言って、宅配の人は立ち去った。

 俺は預かった荷物の宛名を見ると母親からだった。


「あぁ、そうか…今日は土曜日か」


 すっかり忘れていたが、予定もなく土曜日に家にいた俺は宅配の人に迷惑を掛けずに済んだ。


「さて…と」


 段ボールを開けてみると、母親が作った作り置きできそうなものや、缶詰。そして…


「なんで、『赤いきつね』やねん」


 こっちでも買えるようなカップ麺まで入っていた。

 俺は母親からバカにされているような気がして少し腹が立ったけれど、少し…


「ふんっ」


 目頭が熱くなって、センチメンタルになりそうになったが、必死に堪えた。


「そうだ、まだ食べてる途中だった」


 俺は送られてきた『赤いきつね』を見て、自分が『赤いきつね』を食べていたのを思い出す。


 ゾゾッ…ゾゾゾッ


「あれ…おかしいなぁ…さっきより味が濃いわ」


 目から塩分が出ていたせいか、さっきより『赤いきつね』が濃く感じた。

 

「ああっ!!」


 胸にこみ上げてくる感情を叫んで抑えて、俺はスマホを手に取り、一番上にある母親のアイコンを選ぶ。


「あんがとな」


 それが精いっぱいだった。

 話もしたかった。なんなら、今日ならこの前よりは小言を言われても、少しは我慢できるかもしれない。けれど、泣き声を聞かせたら、もっと心配させるかもしれなかったし、強くなりたいとも思ったから、電話しなかった。


 ◇◇


 ゾゾッ…ゾゾゾッ

 ゾゾッ…ゾゾゾッ


(もぐもぐもぐ…うん。やっぱりうまいな『赤いきつね』)


 宅配が来てから3週間が経ち、俺は再び『赤いきつね』を食べていた。あれから、数日後に電話をしたら母親は文句を言っていたが、俺の態度に気づいてか少し優しい言葉をかけてくれた。

 

 俺自身も初心を思い出しつつも、背伸びをし過ぎない程度で、料理をするようになった。けれど、久しぶりに『赤いきつね』が恋しくなって食べている次第だ。だって、受験勉強で大変お世話になった『赤いきつね』。母親が夜食を作ってくれることもあったけれど、気を遣わせるのも嫌だったから、『赤いきつね』を買い込んでもらって、自分のペースで食べさせてもらっていた。この味が受験生の俺を励ましてくれた大好きな味なのだから、料理を作る日があってもこれを食べずにはいられない。

 

 特に…


「なんか? いつもよりしょっぱない?」


 クラスメイトのシンヤが授業の発表の打ち合わせで家に来ており、なかなかうまく進まず、夜になってしまいカップ麺でご飯を済まそうとしていた。シンヤとコンビで発表になったけれど、強きで目力のあるシンヤは少し俺は緊張していた。


「ん? そうか? これが普通だろ」


 ゾゾッ…ゾゾゾッ


 俺はもう一度麺をすする。


「そうかなぁ」


 ゾゾッ…ゾゾゾッ


 シンヤがもう一度味わうようにすすった麺を噛みしめる。


「いや…やっぱり濃い気が…」


 納得がいかない顔をしているシンヤ。


「涙か汗でも掻いたんちゃうん? そうすると、味が濃く感じるらしいぜ?」


 宅配が来た時は味が変化したことを思い出しながら、俺はドキドキしながらシンヤにツッコミを入れてみる。しかし、シンヤは納得していない顔をして、箸と容器を置いて、スマホを弄る。


「あっ、やっぱりだ」


 シンヤは何かに気づいたらしい。俺を見ながら、スマホの画面を向けてきた。それは東洋水産のホームページだった。


「ほら、『赤いきつね』って関西と関東で味の濃さが違うんやって」


 俺はその文章を読む。

 確かに『赤いきつね』は地域によって味が違うようだ。


「はははっ、なんだ」


「えっ、そんなに笑う?」


 俺が急に笑ったのを見て、シンヤが少し引いた顔で見て来た。

 

「いやさ…、この母親が送ってくれたのが美味く感じたのは…」


「おかんの愛情だと思ったんか? ちゃうで? 東洋水産さんのおかげやで?」


 東洋水産のホームページを見ながら、ツッコミを入れるシンヤ。


「そりゃそうだ」


 俺は汁をすすって、容器を空にする。


「さっ、続きをやろうぜ」


 俺がそう言うと、


「ああ、せやな」


 シンヤもくいっと汁を飲み干して、俺たちは再び発表についての資料を整理し合う。

 俺はしばらくして、真剣に資料を読んでいるシンヤの顔をまじまじと見る。


(でもな、メーカーの努力もあるやろうけど、母親の思いやりもそうだし、それに…こうやって一緒に食うダチがいるのも…)


「何見とんねん」


「いや、『赤いきつね』の食べ比べしたいなって思って…」


「おっ…いや、明日やから、発表」


 一瞬、相槌を打ってくれそうな顔をしたシンヤだったが、厳しい顔をする。


「そりゃ…残念」


 俺がそう言ってしばらくすると、


「俺、緑のたぬき派やねん」


 シンヤが呟いた。


「じゃあ、『赤いきつね』と『緑のたぬき』で食べ比べしようか」


「いや、結果出てるやん。俺、緑のたぬき派、言うとるやろが。そこは、「今度『緑のたぬき』をおかんに送ってもらうから関西と関東の食べ比べしよ?」やろが」


「じゃあ、打ち上げはそうしようか」


 俺は立ち上がって、棚に保管してあった埼玉から送られてきた『緑のたぬき』をシャカシャカ振る。


「あるんかーい」


 二人してニヤニヤしながら、再び発表の準備をした。食べた後は眠くもなったけれど、頭に栄養が言ったおかげかシンヤとの心の距離が近くなったおかげかスムーズだった。その日の夜、いや、その日まで辛い日々が続いたけれど、俺は大丈夫だ。だって…


『緑のたぬき』があるから。


「って、これ、関西のやつやーん」


「はははっ、バレたか。1週間前に勝ったのと、今日買ったので味が変わるかなって思って」


「そうそう、通はわかんねん。熟成した『緑のたぬき』と新鮮な『緑のたぬき』の違いが…ってんなわけあるかっ」


 薄味が好きだけれど、キャラは濃くて、怖いけれど、面白い友達ができたのだから。


「写真撮ろうぜ」


「嫌や」


「なんで?」


「逆に男同士で部屋で撮る理由がわからんわ。きっしょいって」


「いや、この男が『緑のたぬき』欲しがっている男ですって母親に教えないと送ってくれんからさ」


 シンヤは照れ臭そうにしながら頭を掻き、


「よしっ、じゃあ撮ろか」


 そう言って肩を組んでくるシンヤ。


 カシャッ


「めっちゃ、ええ笑顔やん」


「シンヤもね」


 素直に「友達ができた」なんて送らない。けど、この写真と共に『緑のたぬき』を要求すれば、母親も喜んで安心するだろう。


 おしまい。


 



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いや、送ってこんでいいし。 西東友一 @sanadayoshitune

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