【短編】食○鬼との恋

橘つかさ

第1話

――クッチャクッチャ


 水っぽい咀嚼音が私の耳に届く。


――ガリッゴリッ


 時おり聞こえてくる砕く音。

 私は虚ろな視界で、音の発生源を再び見る。

 私の右腕にはがいた。

 は、ただただ私の右腕を貪っていた。

 真っ赤に染まりながら。


 ああ、私は食べられているんだ。


 私は他人事のように呟く。

 どうしてだろうか。

 確かにが、齧りついているのは、私の右腕なのに、その光景はスクリーンに流れる動画を観ているような感覚がある。

 既に痛みがないせいだろうか。

 が私を頬張り始めたときは、確かに痛みがあったはずなのに。

 自己防衛というやつで、私の脳が痛覚を忘れてしまったのか、はたまたの能力なのか。


 ああ、今私は彼を独占している。


 頭の片隅で、私は呟いていた。

 ぼやけた視界に映るの興味は、私に向けられている。の思考は、私のことで占められているに違いない。

 赤く染まるの姿が愛おしくて、私の中で恍惚とした感情が沸き起こる。

 私がに恋したのはいつだろう。

 私がを愛したのはいつだろう。

 がヒトを喰らう化け物だと私は知っていた。

 がヒトを喰らう化け物だと私は理解していた。

 彼がを喰らうことは必然だ。

 私がに喰われることを望むのは当然だ。

 望んだ結果が訪れただけ。

 驚く必要は何もない。


 ああ、私は幸せの中にいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】食○鬼との恋 橘つかさ @Tukasa_T

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ