やさしさの赤
はるきK
或る冬の夜の記憶
「腹減ったなぁ。今日はなに食べるかな。変わった新製品とか出てるかな」
そんな事を一人呟きながら、底冷えのする駐輪場からスクーターを慎重に引っ張り出した。
時刻はもう日付変更までカウントダウンの態勢。ワンルームマンションの敷地の一番奥から車道まで、他の住人にうるさくしないよう音を立てずに後ろ向きに押して出る。シートに跨がってブレーキを握り、スタートボタンを一押し。セルが回ってバララッとツーストエンジンに火が入る。
「それじゃ、夜のドライブがてら行きますか」
目的地は深夜のコンビニ。でも、その前にちょっと走り回ってみたい気分だ。
季節は真冬、時刻は0時、気温も0度。フルフェイスヘルメット、厚手のフライトジャケット、手にはごっつい防寒グローブ。寒さ対策はできる限りのことをしたつもりだったが、スクーターに跨がってひとたび風を切ればみるみるうちに隙間から体温が
「ひ~~~~っ、やっぱ寒ぅ!」
思わず飛び出す声。でも、その寒さも悪く、ない。
車通りの絶えた片側三車線。昼間じゃ自動車を気にしながら隅っこをとことこ走るこの道も、今や自分の独り占め。スロットルを握る右手に少しばかり力を込めて、愛車と共にすいすいとナイトクロール。
交差点を二段階右折、トラムのレールを踏み越え、アンダーパスをくぐり、街の反対側へ。信号待ちで止まる間も、エンジンだけは心臓みたいにトットトットと規則正しいビートを刻む。
そうやってぐるっと一回りして小一時間、冷え切った体で結局やって来たのは自宅からほど近いいつものコンビニ。ヘルメットを脱いで店内に入ると、よく効いた暖房に思わず溜息が漏れる。
(暖かい~。生き返るなぁ)
そんな事を思いつつ買い物カゴを手に取り店内を見て回る。目新しい物はなさそうだなと思いつつ、ショーケースから残り少なになったツナマヨおむすびを。さらに野菜の代わりにとトマトジュースを一缶取って、足はインスタント麺のコーナーへ。
棚の中ほどでひときわ目立つ、赤いラベルが目に入った。
(いっつもラーメンだから、今夜は和風にしてみよう)
改めて見てみるとインスタント麺の棚は百花繚乱。色もデザインもとりどりに丸い顔が並ぶ。大半はラーメンだけれど、その中にあって負けじと存在を主張する赤と緑の丸い顔。今やすっかり定番品になったけど、存在感溢れるその顔つきはよく目立つ。
店内をうろつきながらしばらく考えた末、結局赤い方、赤いきつねを手に取った。
§
食べる物が詰まったレジ袋とヘルメットを片手に、出たときよりも音に気をつけ自分のワンルームへ滑り込む。ヘルメットを床に置き、レジ袋をこたつに置いてエアコンをつけた。
袋から赤いきつねを取り出してキッチンへ。コンロでお湯を沸かしている間にラップを剥がしてお湯を注ぐ準備を進める。
一時間ほど部屋を空けただけなのに、空気はすっかり冷えていて肌寒い。コンロから立ち上る熱と、ヤカンから浮かぶ湯気の温もりが嬉しくなる。そうこうするうち湯が沸いて、再び蓋を閉じたアツアツの赤いきつねがこたつの上に鎮座した。
五分経過。
蓋をめくると白い湯気とともに出汁の香気が部屋を満たす。
まず一口目はそのお出汁から。火傷に気をつけつつ音を立てて啜る。
「っは~~」
熱々のお出汁がお腹にドンと座り込み、そこから広がる温もりが冷えた体を駆け巡る。ついにはため息となって口を突いた。
舌の上で転がる少し丸みのある味わい。カップうどんは色々あるけれど、食べ慣れた赤いきつねのお出汁の味はなんとなく余所よりやさしい。自分の気のせいじゃなければ。
食べ進むうちポカポカと体の芯から温まってきて、心も安らかにこたつで寝落ちる気ままな一人暮らし。
§
寒い冬でもやさしさの赤が体の芯から温めてくれた、今は昔の男子学生一人暮らしのお話。
あれからもう何年も何年もたつけれど、やさしさの赤は今もあまり変わらず店頭に並んでいる。家庭を持って昔ほど食べる機会はなくなったけれど、たまに食べるその味わいはやっぱり変わらないやさしさの味。
それはきっと今日も明日も、誰かの身も心も温めてくれているに違いない。
やさしさの赤 はるきK @kanzakih
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