第2話 ハロンへようこそ

「ちょっ、何で、追っかけて来るんだよ!」

「プルップルップルッ!」


僕は交通事故に遭って、多分死んだんだろうけど、風や草の感触を肌に感じ目が覚めた今、スライムから逃げていた。

このスライムは僕が目を覚ました時に何故か隣にいて、色々と驚いて叫んだ瞬間ヘイトをとってしまったのか、急に飛びかかって来た。

色々と整理したいのに、その猶予すら与えてくれないこのスライムに、だんだん怒りが込み上げてきた。

てか何でスライムから逃げてるんだ?中にはチート級に強い奴もいるけど、スライムって基本的には最弱級のモンスターだよな?

僕はこれはひとつ試してみようと、走るのをやめてスライムに向き直る。


「プルプルッ!」

「このっ!」


飛びかかって来たスライムに僕は無我夢中で蹴りを食らわし、見事にヒットした。


「プリュゥゥ…」

「……ん?」

「……」


蹴られたスライムはなんとも可哀想な悲鳴をあげた後、動かなくなった。


「え?倒せたの?今ので?」


この問いに答える者は居ないが、状況から見てそうだろう。それに心無しかさっきより色がくすんでいる気がする。そして徐々に体が溶けて、最終的に水溜まりみたいになった。でもまぁ、何はともあれ倒せたならそれはそれでよしだ。

それにしてもよく見たラノベ系では、強くてニューゲームだったり、転生前に神様から恩恵うけるなりしていたけれども、やっぱりそんなのは物語の中の話なのか。

スライムから逃げていたうちに川にたどり着いていた僕はとりあえず一旦腰を落ち着かせる。喉も乾いていたが、不用意に川の水を飲めばお腹を壊すかもしれないし、今は我慢しよう。


「よし、とりあえず状況を整理しよう」


僕は美澄さんを助けるためにトラックに跳ねられ、それが原因で死亡。

だが何故か目が覚めると、隣にスライム。

逃げても追って来るので、蹴ったら倒せた。

………。


「考えれば考えるほど色々唐突すぎて混乱してくる…」


よくラノベ主人公はこの事態を瞬時に理解し適応できるな、尊敬するよそこんとこ。そっか、神様的存在に“君は死にました。第2の人生、冒険とかどうですか?”って案内されてれば、そりゃ適応も早いよなぁ。マジうちの神様誰だよ!仕事しろよ!そもそもここってリアルな異世界なのか?本当は意識不明の重体で夢見てるだけとか、変な実験に巻き込まれてたり?(……最後のは無いな)

そんな意味の無い問答をかれこれ10回は繰り返し、いよいよ別のことを考えられる程落ち着いてきた。


「とりあえず、これからの事を考えよう。近くに街とかあるのか?川下に向かって行けばありそうな気もするけど…」


そこでふと僕は川を覗き込んだ。もし死んだ時の状態、つまり服装がサラリーマンのスーツ姿だったら怪しまれたりしないだろうか?と不安に思ったが、覗き込んで川面に映し出されたのは、


「……子……供」


あどけないような、少し大人になりつつある顔に、ボロ布のシャツとズボンを着た。齢11,2の子供がそこにいた。


「え?えっ!?何で子供?これ、僕の顔!?それにこの服装…どうなってんだよ!?」


身長や体格までもが子供のそれになっていて、ついでに言えば右足に違和感がありよく見ると右足の靴だけ溶けたように半壊していた。服はともかく、靴に関しては原因はさっきのスライムだろう。体液で溶けたとした考えられない。

次から次へと情報が多すぎて頭が追いつかない。それに子供と言うと色々不便でしかない。子供の発言は通りにくいのが世の常だ。これならスーツ姿の異世界人の方が色々どうにかなっただろうし。


「はぁ、どうしよ本当」


グ〜〜

貧乏子供に変身たと思えば今度は腹の虫に急かされる。色々な衝撃的事実に疲れたのか、考えるのも嫌になってきた。近くに木の実とかは無いし、あるのは川の水だけ。


「まさか転生初日に飢え死にの危機とは、次転生するならやっぱり日本がいいな」


そうぼやきながらも、とりあえず川下へ向かって歩いていると、遠くの方で車輪の音がした。そっちに目を向けると流石異世界、馬車が2台ほど走っている。前を走る馬車は誰かが乗っているのか?荷台に屋根と窓が付いている。後ろの馬車は荷台に屋根がなく食料やら生活品やらが積まれている。あんまり人様の荷物をジロジロ見るのはどうかと思ったが、今はお腹がすいてる事と、まさか馬車からこっちに気づかないだろうと思い、後ろに積まれた食料に目が釘付けになっていた。

すると向こうも僕の存在に気付いたのか、馬車が止まり、誰かが降りてきた。誰が来るのかと身構えていると、降りてきたのはローブを纏ってフードを深く被った人物だった。身長も低くなっていた事が幸いし深く被られたフードの中が良く見える。そこにあったのは線が細く、目をキリッとさせ、凛とした表情という言葉が良く似合う女性だった。


「君、何してるの?名前は?」

「え…あ…」

「言葉わかる?スラムの子?」

「いや、その…」

「私も暇じゃないの。質問に答えて」


まずい、聞かれた質問にどう答えようか考えてる時間は無さそうだ。この機を逃したら本当に飢え死にする。


「こ、言葉は分かります」

「なら質問に答えて、あなたはどこの誰で、何をしているの?」


彼女は淡々と話を進める。こっちのペースなんてお構い無しだ。

ただここで、日本から転生しました、青山幸樹です。なんて言えば変な子だと見捨てられるかもしれない、どうにか誤魔化さねば。


「僕は1人で生活してました。両親は他界してます」

「ふーん、1人で?」

「はい、1人で」

「ここで?」

「ここ…で…」

「……そう」


何だ今の間!?何かマズイ事言ったか?よく考えろ、子供が1人で郊外で生活……取りようによっては不審かもしれないな。少なくとも日本なら即補導だ。


「で、名前は?この質問3回目」

「あ、名前はあお…」


待て待て待て、青山幸樹でいいのか?それとも英名みたいなカタ名?どっちが正解だろう…そうだ!この人の名前聞こう!


「名乗る時はまず自分からが常識ですよ」

「………」


瞬間女性は眉間にシワを寄せ、思いっきり僕を睨んだ。

やらかしたかもしれない。目的はともかく、この人は僕に近づいてきた唯一の人。この後他の人が来るとも限らない状況で何で僕は同等の立場で会話しようとしてるんだ!

だが次に彼女が口にした言葉は予想外なものだった。


「面白い子供だ。だが君の言うことは正しい。私はシェリア・スコッティ。さ、君の番だ」


やっぱりカナ名だったか。それはそれで考えないと、コウキ・アオヤマって通用しなさそうだし。何か無いか…カナ、カナ、コーヒー豆とか、希少な奴…アイボリー、アラミド、ルアク


「ルアク」

「ルアクと言うのか。家名はあるのか?」

「家名は…」


この場合、きっとシェリアさんで言う“スコッティ”だろうけど。そして家名を聞くのに、“あるのか?”って質問だから無い人もいるだろう。きっと家名次は位の高い家だなこの場合、僕の子の容姿で家名つきは後にややこしくなりそうだから、


「家名はありません」

「そうか。ではルアクよ、ここでひとつ選択させてやる。一緒に来るか?来ないか?好きな方を選べ」


何だよその質問、来ないを選んだら絶対見捨てられるよな。よし、ここは着いて行ってみよう。それで人生終わるなら次は日本に転生したいと強く願いながら死なせてもらう!


「一緒に行かせてください」

「ならば着いてこい」


シェリアさんの後を追うと、馬車にはもう1人男性かいた。


「シェリー、また孤児を見つけたのか?」

「うるさい。この子は連れてく」

「また勝手に、了解は得たのか?子供とはいえ意見は尊重しろよ」

「一緒に行かせてくださいとこの子が言った」

「へいへいそうですか。坊主、俺はコウキってんだ。よろしくな」

「ルアクと言います」

「ほー、ちゃんと会話出来んのか。上等上等!」


この男性、シェリアさんと違ってすごく気さくだ。つか、名前なんて言った?コウキって言ってなかった!?………まぁ、もしコウキって僕が名乗ってたら、絶対このコウキは暑苦しそうだから結果オーライか…。


「どうせまた何も聞かされず連れてこられたんだろ?」

「ま、まぁ…あの、これからどこに?」

「安心しな、俺たちのねぐらさ。この先のハロンって街だ」

「お喋りは程々にしろコウキ」

「おいシェリー、ちゃんと俺達のこととか説明したんだろな?いくら頭だからってやる事やってくれなきゃ困るぜ」

「私のやり方だ。それと私は頭では無い、チーフと呼べ」

「全くよ、これだから」


2人は僕の事はそっちのけで話しているが、内容からするに、何かのグループ?組織?でこのシェリアさんはそこの頭…もといチーフみたいだな。


「そろそろ着くよ」

「お、帰ってきました我が街に。そしてルアク君、ハロンへようこそ」

「ここが、ハロン」


馬車の窓から外を眺めると、人通りが多くそこかしこに出店が出ており、活気に溢れた大きな街だった。

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