異世界カフェテリアへようこそ

水無月 葵

第1話 異世界へようこそ

蒸し暑い日本の猛暑日のある日、いつも通り電車に乗って会社へ向かい、仕事をする。


「青山、お前もう入社3年目だろ?ミスが初歩的すぎるぞ?今どきの若者の癖に、データ1つ満足にまとめられないのか?」

「すみません課長。すぐやり直します」


僕は26歳にしてパソコンを両手の人差し指でポチポチ押すほどの機械音痴で、常に何かしらミスをしてしまう。


「もういい、あー美澄さん」

「はい?」

「物品整理中済まないが、このデータ修正しておいてくれないか?整理は青山にやらせろ」

「はい、わかりました」


同期の美澄夏帆さんが抱えていたダンボールを机に置き、こちらに向かってくる。


「じゃ、頼んだよ。青山もさっさと整理済ませろよ」


課長は書類を美澄さんに渡すと席を立った。


「すみません美澄さん。いつも迷惑を…」

「気にしないで?人には得意不得意があるんだから。それに同期でしょ?タメ口でいいってば」

「で、でも…」

「良いから良いからっ。早く終わらせないとまた怒られるよー」


美澄さんは業績もよく、去年には入社2年目で12人中課内トップ5に入る程。それに美人で、まさに人生勝ち組路線まっしぐらって感じだ。

それに対して僕は負け組路線だった。

生まれた時に父親は女を作って蒸発。残された母さんが女手1つで育ててくれたが、両親の介護と育児、仕事。とっくに限界を迎えた体は僕が18の時に壊れ、20歳の成人式の前日に他界し、祖父母もその後立て続けに亡くなった。負け組人生のせめてもの救いは母さんの生命保険のおかげで大学に入れたのと、祖父母の葬式が出来た事だ。お陰で借金は無いが、母さんの建てた家のローンを払いながらの生活で余裕もない。祖父母の遺産を少し期待はしたが、母さんの兄、叔父さんに上手く言いくるめられ全部持っていかれた。


「はぁ。母さんが亡くなって6年か…っとうぉっ!」


ガタガタガタガタ

母さんの事を思い出しながら作業をしていたせいで手元が狂い、物を落としてしまう。


「あーぁ、大丈夫?」

「み、美澄さん!?何で、」

「データの取りまとめ終わったし、青山君遅いから様子を見に来たのよ」

「そう、なんですか」

「もう、また敬語!…でもまぁいっか、その方が青山君らしいし」


美澄さんはクスッと笑うと僕の落とした物品を片付けてくれた。

僕は密かに彼女に惹かれていた。それがなんでも出来る羨ましさからなのか、こんな僕にでも分け隔てなく接してくれる優しさになのかは分からないけど、惹かれていた。


「よしっ、これで全部だね」

「すみません、結局最後まで手伝って貰っちゃって」

「良いの良いの。元々私の仕事だし。…あっ嫌味見たいに聞こえるたよね?ごめん」

「い、いえ。ありがとうございました」


僕は足早にその場を離れ、そのままいつもの日常へと戻る。

そして仕事が終わると、僕は決まって寄るところがある。

カランコロン

ノスタルジックなドアベルの音に迎えられ入ったその店は駅から少し離れた喫茶店だ。

母さんに初めて連れてこられてからこの雰囲気に魅了され、当時は飲めなかったコーヒーが飲めるようになると、深みのある香りと、自然と心を落ち着かせる温かさにすっかり虜になっていた。


「青山君いらっしゃい。いつものでいいか?」

「はい。お願いします」


ここのマスターともすっかり顔なじみで、常連となっている。

僕がいつも頼むのはアメリカンだ。苦味の抑えられたその味は、子供だった僕でも飲むことができ、今では好物の一つである。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


白いカップから出る湯気は、暑い夏でも顔に浴びたくなる程だ。

1口、また1口とコーヒーを口に運び、胃に流れ混んだ途端芯から温かくなる。

この一時が僕にとっては最高の瞬間。この瞬間だけは邪魔されたくな……


「あ、青山君やっぱりここにいた」

「ブッ!え!?美澄さん!!?」

「ごめん。驚かすつもりじゃなかったんだけど」


いやいやいや、いるはずもない人から急に声掛けられたら誰でも驚くって。

僕は吹き出してしまった(もったいない…)コーヒーをナプキンで拭いて美澄さんに向き直った。


「でも、何で美澄さんがここに?」

「ほら、青山君今日元気なかったでしょ?だから美味しいご飯でも良かったらどうかなって」


嬉しかった。好きな人からのお誘いはどんな内容であれ嬉しかった。

…でも僕はこの時、素直になれなかった。


「余計なお世話です」

「え…」

「余計なお世話って言ってるんです!」


違う。


「何ですか?自分より仕事できない僕を哀れんでるんですか?」

「そういう訳じゃ、」


そうじゃない。


「自分より下の人間見ていて面白いんですか?」

「……」


こんな事言いたいんじゃない!!

僕はこの場にいることが出来なくなった。

その日初めて、コーヒーを残して外に出た。

情けない、かっこ悪い、みっともない。


「待って青山君!」


美澄さんが追って来てるが、彼女の顔を直視できない。僕はちょうど点滅しだした青信号に飛び込んだ。これで美澄さんは赤信号で止まる。もう追って来ないだろう。


「青山君!待ってってば!!」

「えっ」


僕が振り向けば、美澄さんは赤信号の横断歩道を走っていた。そして僕のすぐ側でトラックが右折しようと横断歩道に迫っていた。


「危ないっ!」


僕は無我夢中で駆け出し、渾身の力で美澄さんを突き飛ばした。


「あ…ま君…!青…ま君っ!青山君っ!」


何だろう。全身が痛いし動かない。それに誰かに呼ばれてる。夕日で真っ赤になりよく見えない。でもこの声は美澄さんの声だ。

そうか、美澄さん助かったんだ、良かった…

それからどのくらい時間が経ったのか分からないが、気づけば暖かい光に包まれていた。


ー僕はどうなったんだ?トラックに轢かれたのか?

ー誰の声も聞こえない。やっぱり死んじゃったんだ。

ー26歳か、呆気なかったな。

ー次はもっと普通に暮らしたいな。

ー職場があの喫茶店なら人生変わったのかな?

ー死ぬならもう一杯飲みたかったな。


色んなことを考えてるうちに、意識がどこかへ持っていかれ、体を涼しい風が撫で、草の香りが鼻を刺激し、目が覚めた。


「……そ…ら?」


まず認識したのは澄み渡る青い空だった。

それからしばらく思考が停止したが、体の痛みもなく、場所も街中じゃなくなっていることに気づき上体を起こしてみると、そこは草原だった。


「一体なにがどうなって、」


誰に投げかけた訳でもない問に、何かが答えた。


「プル?」

「……え?」


1m程離れた所にいたそれは、沢山ゲームでお世話になった、スライムだった。


「スラ…イム、だよな?青いし、プルプルしてるし、顔ないし、動くし……」


待てよ?僕はトラックに轢かれて死んだ。

起きたら草原で隣にスライム。

これって最近よく聞く…


「異世界転生ぇええええ!?!?!」


1話 異世界へようこそ

~完~

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