星の真上と、魔法と、ターミナルの展望台
ハッピーサンタ
短編
あの日、僕はターミナル『アース』に、唯一残っている展望台から、星の真上を通り過ぎていく、黒いがとても明るい色をした煙を揚げる汽車を見上げていた──。
☆☆☆
月の中を突き抜けて走る地下鉄に揺られて、今日は何処を彷徨うのか。
自問自答したが、答えは明日と同じ場所だと決まっている。
気が付けば、隣の席に座る人の頬に滴を流した跡が残っていた。
僕は「嗚呼、この人は遂に昨日を知らなくなってしまったのか」とため息をつく。
儚さ、寂しさと、全く名前の浸けられない感情と、混じりあって僕はまた色を変える。
目の前の座席の背に映る注意喚起の文字はもう、意味をなさなくなっていた。
「いつか、飛行船を飛ばして、魔法の世界へ旅に出掛けよう」と言ったのはいつの日だったか?
未来が僕の後ろに道を造るから、昨日から先を創れなくなるんだ。
☆☆☆
「間もなく、ターミナル『ジュピター』です」
駅員のアナウンスが列車中に響く。
『木星』って言うぐらいだから、森林で溢れかえってると思ったのに、妙にデカすぎるビルばかりが建ち並ぶ。
多くの客たちは、降りる準備を始める。隣の席の彼女もどうやら、此処で降りるらしい。
月の地下鉄から、乗り換えた銀河を走るこの列車の座席まで、お隣同士だったというのは単なる偶然か。
取っ手をずっと握り締めていたキャリーケースを、前に押し出すと、ドアに溜まる人々の渦に、その人は消えていった。
「どうして、あの気球に乗せてくれないの?」って、尋ねたあの人は今何処に?
現在いまという波から、目を逸らしたあなたの行き先は、いったいどちらですか?
☆☆☆
最終到着駅は、あの溶けそうな熱さと紅蓮の闇を放ち出す『あそこ』ではないよな……。
流石に、そろそろ乗り物酔いが苦しくなってきた。取り敢えず、次の停車駅で、一旦降りて一休憩といこう。
ん、……どうした!?列車が急に停まってしまった。復旧するまで、少し時間が掛かるらしい。
次の駅まで、あと何光年だ?
果たして、僕は耐えられるだろうか。
──窓からは、見えないはずの、あの頃居たあの星が、僕の消えかかった瞳を照らしている。
暗い、暗い、暗い、やっぱりまだ暗いな。宇宙が明るくなるのに、あとどれくらいの日々を費やさなければいけないのか。
僕がそんなことを考えている間に、列車を降りて自ら歩き出す人。一人、二人、三人と、それに続いてどんどん降りていく。
もしかして、今日中に復旧できないのだろうか。
「でもまあ、丁度良い」
そう言って、僕も乗り物酔いを覚ますために、列車から降りようとした。
──でも、結局、最後まで、僕一人だけは降りることが出来なかった。
座席に、僕の身体全体が何かで、引っ付いていたからだ。
☆☆☆
僕一人だけを乗せて、列車は再び走り出す。どうやら、最初の駅まで、逆戻りするそうだ。
景色も、光も、乗り物酔いも全部、巻き戻されていくようだった。
戻ってきたターミナル『ジュピター』から、また客が乗ってくる。僕の隣の席にも、誰かが──腰掛けた。
「あの……行きの時も、あなたの隣だったの覚えてますか?」
と、不意に僕に向かって、隣から声が掛かる。
僕の記憶は首を横に何度も振らせようとした。でも、僕は何故か、それに抗った訳でもないのに、気付けばコクリと、彼女の質問に対して頷いていた。
彼女は僕に、そっと優しく微笑むと、こう言った。
「私の涙、君の座席に落としてきたの」
僕は口を「えっ」という形にしていたものの、声は出なかった。
声じゃなくて、霞んでいた僕の瞳から、彼女が落としてきたそれと同じものが、僕の中から出てきた。
「ありがとう。私はこれでようやく、昨日を知れたよ。あなたはどう?」
僕は、僕は魔法が掛かった様に、今にも、溶けてしまいそうで、座席に貼り付いて離れなかった身体が、ようやく動くように、歩くことが出来るようになった。
彼女の魔法の粒である、それが、僕を此処に結び着けていたのだ。
僕は取り敢えず、またあそこに向かうことにした。
ターミナル『アース』に一つだけ残っていた、あの展望台に──。
星の真上と、魔法と、ターミナルの展望台 ハッピーサンタ @1557Takatora
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