第一部最終話 忍び寄る伊刈レミ


 ざわつきが一向に収まる気配のない騒がしい教室。


 朝からいつもより数倍騒々しい事になっているのは、とある出来事が原因だった。


 隣のクラスの男子数名と、このクラスの男子一名が揉め事を起こしたのだ。


 揉め事を起こしたのは、いつもなら存在感がまったくない程目立たない男子、馬締直。


 そして、その揉め事の原因となったのはこのクラスの有名人、和水裕香だった。


 いつも不機嫌そうな顔をしてまったく人を寄せ付けない彼女は、その無愛想すぎる性格を差し引いても、異性を惹きつける魅力に溢れている。


 派手な色の髪と、並みの男子よりも大きな身長が一際注目を集め、同年代や上の学年の女子と比べても発育のいい身体つきが、異性の感心をこれでもかと掴んではなさない。


 ブラウスのボタンがはじけそうな程、窮屈そうに収まっている暴力的なまでの大きな胸。


 短いスカートからは肉付きのいいハリのある太ももが大胆にさらけ出されている。


 この年頃の男子なら思わず二度見、いや、一度目に入ればしばらくは目を離せないような容姿をしている和水裕香が、今回の騒動の中心だった。


 普段ならまったく存在感のない馬締直が、裕香の容姿につられてやってきた隣のクラスの男子と、裕香をめぐって諍いを起こしたのだ。


 見ていただけの者に詳細は分からないが、だいたいの人が今回の騒動をそう捉えている事だろう。


 ちなみに一連の騒動はもう終息している。


 それでも教室のざわつきが一向に収まる気配を見せないのは、それだけクラスメイト達が受けた衝撃が大きかったという事だろう。


 まず、普段はいるかいないかすらまったく意識されない程に存在感のない馬締直が、一人で数人の男子に立ち向かった事が驚きだった。


 クラスメイト達が直に対して辛うじて抱いていた印象は、小さくて物静かで目立たないという事だけ。


 そんな直が強面の男子数名に歯向かったのだから、その光景は驚くべきものだったのだ。


 ただし、その場にいた全員がこうも思っていたはずだ……。


 無謀だと。



 だが、結果としては隣のクラスの男子たち全員が、心に傷を負って逃げ帰る事になった。


 別に直が実は武術の達人だとか、残忍な本性を隠していたというわけではない。


 直が無事だったのは、ひとえに裕香の力のおかげだ。


 これまでもそうしてきたように、今回も裕香は己に近寄って来る男子たちを、これでもかというくらい苛烈な言葉で追い払った。


 それはこのクラスの生徒にとっては、ある意味見慣れた光景。


 だが、今日は少しだけ違っていた。


 裕香は、何故か直だけは追い払わなかったのだ。


 しかも裕香は、あろうことか存在感皆無の誰からも注目される事のない直を、その豊満な胸に抱き寄せ、愛おしそうに頬ずりまでしてみせた。


 さらには追い打ちの、直のあそこは逞しい発言。


 その発言がこのクラスに与えた衝撃は計り知れなかった。


 もはや泣いて帰った隣のクラスの男子連中を気にしている者はなく、このクラスの全員が裕香と直の関係性だけに関心を寄せていた。


 血涙を流しながら直を睨みつけている男子もいる程だ。


 クラスメイト達は、あり得ない組み合わせの裕香と直を遠巻きに囲み、あれやこれやと憶測を言い合っている。


 誰も直接聞きに行く人がいないのは、単に裕香が怖いから。


 直にしても誰も話しをした事がなく、さらにはまだ裕香の胸の中。


 これだけ注目をされていても、裕香は直を離す気配が一切ない。


 まるで仲の良さを見せつけるかのようなその行動に、教室の騒ぎは一層加熱していた。



 そんな中、静かに裕香と直を観察している人物が一人だけいた。


 華奢で小柄な体型の女の子。


 細身のその身体はすぐに壊れてしまいそうな程儚く、だがその表情はとても強気でアンバランスだ。


 眩しいほどの金髪は裕香にも負けず劣らず目立っている。


 裕香と直を見つめているのはこのクラスのもう一人のギャル、伊刈レミだった。


「ふ~ん、面白そうな事になってるじゃん…………もし奪っちゃったらぁ、どんな顔するんだろ」


 騒がしい教室の中に掻き消えるレミの小さな呟き。


 裕香と直に注目するクラスメイト達の陰に隠れたレミは、見た者に寒気を抱かせるようなニヒルな笑みを浮かべていた。


 その姿は、まるでサバンナで草陰から獲物を狙う肉食獣そのもの。


 舌なめずりをするレミが今、次の獲物に標的を定めたのだった……。

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無愛想で怖いとクラスで有名なギャルの和水さんが、僕だけに優しいんですけど 美濃由乃 @35sat68

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