明日も一緒に暖まりたいです。

日野美空

明日も一緒に暖まりたいです。

 今日も終わったー!

6時間目が終わりのチャイムが学校中に響いたとき、伸びをしながら心の中でそう叫んだ。

「おい!赤井!まだ授業終わってねーぞ!何伸びしてんだ。もうちょっとの辛抱だ。」

その頭にきんと響く張りのある声とクラスの皆の視線が俺の解放された心をきゅうっと締め付けた。

「すまんが、あともう少しだけ授業させてくれー。」

世界史の山本先生は、いつもそうだ。本当にすまないと思ってるのか?俺は正直、山本が嫌いだ。なのに今年は山本が担任だなんて、なんて俺は不幸なんだ。

「はい。今日の授業はここまで!じゃ、号令!今日の日直は…赤井!おーい赤井!おい!」

「あぁ。はい。起立、礼、ありがとうございました。」

今日も疲れた。担任が山本になってから、俺の心のバランスが乱されている。そんな気がする。いつもぼんやり過ごす事で保たれていたバランスが山本がつっつくせいでぐらぐらする。

「…流星?あんた大丈夫?」

「あぁ、うん。俺は大丈夫。ちょっと疲れてるだけだよ。」

こいつはいつも俺の心配をしてくれる。小学校に入る前からそうだ。いつもぼーっとしてる俺を見て、同じセリフで心配してくれる。

あんた大丈夫?って言うのはもう耳にタコができるくらいに聞いて来た。本当はみおの方がしんどいくせに。いつも人の心配ばかり。そんなみおに、俺は大した言葉を掛けられないのがむずむずして、でも上手く言葉が出て来なくて、だから、俺にできる事はなるべくしてあげようと思った。

「みお、お前こそ大丈夫なのかよ。いつもお父さん、夜遅くまで仕事なんだろ?」

「私は大丈夫だよ。お母さんがいれば、こんなに流星にも迷惑かけなくて済むのにって思うんだけどね。私、流星が家に来てくれてる時間結構好きなんだよ?」

「そんな、俺は暇なだけだし、いつでも呼んでくれたら行くよ。ほら、家隣だし。」

「ありがと。よし!じゃあ、今日も食べて帰りな!これからあったかい食べ物が美味しい季節がくるぞー!」

学校が終わったとき、そんな会話をして、いつも笑顔で手を振って、お互いの場所へ行く。それが俺たちのルーティンだった。



 「今年の男バレ、結構つよいんでしょー?監督も変わって。」

「そうらしいよ。ベスト4は余裕なんじゃないかって。すごいよね。」

体育館まで続く渡り廊下を歩く間何回こんな噂話を聞いただろう。そんな噂が俺たちバレー部のプレッシャーになるとも知らずに。はぁ。今まで強くなりたいと思って頑張ってきたけど、いざ強くなってきたって時もしんどいもんだな。そんな事を思いながら、体育館に足をすすめた。さぁ、今日も頑張るぞー!そう自分に言い聞かせてもうすっかり冷たくなった体育館の重い扉をガラッとあけた。

妙にザワザワとして緊張感のある空気に、俺は思わず息を呑んだ。

その時、隣のクラスで同じ男子バレー部の大森がモップをかけている姿が目に入った。大森と目が合うと、モップの柄を投げ捨てて駆け寄ってきた。

「なぁ、お前聞いたか?大会ももう近いから、明日から夜遅くまで練習あるらしいぞ!9時までだって!9時!」

「9時⁈完全下校時間過ぎてんじゃん!3時間も!」

「そーだよ。なんか監督変わったから特別扱いらしいぜ?」

その時、ふと頭の中にみおのいつもおちゃらけているのにどこか目の奥が冷たく寂しげな笑顔が頭をよぎった。

「なんだよ、赤井。そんなに練習時間伸びんのショックかよ。」

俺は上手く言葉がでてこず、首を横に振る事しか出来なかった。

「まぁ、がんばろーぜ。」

大森はそう言って俺の肩をポンッと叩いて、再びモップがけに戻って行った。



 部活終わり、大森がこんな事を言って来た。

「流星くんよー。お前いつもみおちゃん?って言う可愛い子と話してるじゃんかよ!ぶっちゃけ、みおちゃんのこと好きっしょ?」

ぶっちゃけ、中学の時に好きで告白した事もあった。けど、これからもお隣さんの幼馴染としてよろしく!と、あっけなく振られてしまったのだ。もちろんそんな事を大森に言える訳もなく、

「そんなわけねーだろ。幼馴染のご近所さんなだけ。あんなの、ずっと一緒にいると、そこまででもねーぞ?」

と、思ってるのか、思ってないのかもわからない言葉が俺の口から出てきた。



 ブレザー無しでは、少し肌寒くなってきた帰り道、俺は自分の家を通り過ぎて、一軒隣のみおの家のインターホンを押した。

「はーい。」

いつものテンポでドタドタとした足音が玄関に近づいてきて、ガチャっとドアが開いた。

「寒っ!早く中入りな!」

「お邪魔しまーす。」

中に入ると、もう自分の家のようにさえ感じる暖かな空気が俺を迎えてくれた。もう聞き慣れた、廊下が少し軋む音。みおがキッチンでお湯を沸かしてゴトゴトと揺れるやかんの音。この家の沢山の音がもう耳に馴染んでいて、俺をほっこりとさせてくれた。

「ほら、座って座って!」

カウンターキッチンの目の前にある机の横に綺麗に並べられた4つの椅子。俺は少し離れたソファの隣に荷物を置いて、適当な椅子に腰掛けた。

「今日は、緑のたぬきでしょ!」

嬉しそうにカップ麺の入れ物を2つ俺の前に並べて聞いてきた。

「いや、やっぱり赤いきつねだな!」

俺は、笑顔でそう答えた。正しくは、笑顔のつもりでだったのかもしれない。明日からは、みおとのこの時間も過ごせないんだ…。そう思うとなぜか上手く笑えなかった。

「えー、あんたいっつもきつねばっかり。」

「お前もたぬきばっかりじゃねーかよ。」

「あ、そうだった。一緒だね。」

と、みおは笑った。

こんなしょうもない会話も昨日までは、なんともなかったのに、明日から急にできないと言われると、こんなに寂しいんだ。それだけじゃない。みおに寂しい思いをさせてしまうのでは無いかと言う気持ちが俺の心を強く締め付けた。

「あと5分でたべれるよ!」

「ありがとう。あの…」

明日から部活の時間が長くなって、今までみたいにみおん家にこれないんだ。そう言いたかったけど、みおの悲しむ顔がよぎって、どうしても言えなかった。

「ん?どうしたの?」

優しい笑顔で聞き返してくれたけど、やっぱり言えない。余計に心が締め付けられる。

「え、あ、あの、なんでいつも赤いきつねと緑のたぬきなの?」

無理矢理だったかもしれないけど、俺には話を逸らす事しか出来なかった。

「あー、意外に話したことなかったよね。お父さんがね、お父さんが居なくても友達とでも、一緒に暖まれるだろっていっつもこれは常備してくれてるの。可笑しいでしょ?」

「俺、これ大好きだし、この時間も好きだよ。」

しばらくこの時間が過ごせないと思うと、いつも言わないような事を言ってしまった。

「何よー、急に。私も好きよ。この時間。男バレ、明日から練習時間延びるんでしょ?」

俺は、ぽかんと固まってしまった。

「大森くんから聞いたんだよ。私があんたと仲良いからって。」

「あいつ…。そうだったのか。」

「私大丈夫だよ。あんたがここにまた帰ってくる日まで待ってる!寂しくなんか無いよ。ほら!ベスト4余裕って言われてんだから!全国まで行ってこい!」

みどりの悲しむ表情は見たくない。俺がそう思っているのがバレバレだった。そのせいでみおに気を遣わせてしまって、また心が苦しくなった。でも、みおが背中をぼんっと押してくれたお陰で、俺の中で中々踏み出せなかった一歩が踏み出せた気がした。

「あ!もう5分経ってる!伸びない内に食べよ!あつっ。」

「なにやってんだよ!大丈夫か!俺も食べよ!あつっ。」

こうやって笑い会える時間がずっと続けば良いのに。


 それから、俺は部活に、みおは受験勉強や委員会活動に、それぞれの場所でそれぞれの時間を過ごしていく内に顔を合わせる機会も減っていってしまった。



 あれから5年程経った。今はみおと同じ屋根の下で俺は赤いきつねが、みおは緑のたぬきができあがるのを待っている。

実は、卒業式の日にみおから告白されたのだ。

「毎日一緒にいる時間が当たり前で、流星の暖かさに気づけてなかった。でも、また一緒に暖まりたい。明日も一緒暖まりたい。いや、明後日も明々後日も!好きです!これからは、ずっと一緒にいてくれませんか?」

「はい。もちろん。僕は今までみおの暖かさにささえられてきたんだ。これからも一緒。」

こうして俺たちは、今でも暖かい部屋で一緒に麺を啜って、笑い合っている。

あの時に、高2の俺が願っていた本当の願いが叶ったのかもしれない。

俺たちがおじいちゃん、おばあちゃんになっても暖かい部屋で、笑顔で、一緒に暖まりたい。





 










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明日も一緒に暖まりたいです。 日野美空 @hino39

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