✤ 23 ✤ アリサの気持ち


「いらっしゃいませ、アリサ様」


 インターフォンを鳴らせば、昨日と同じように、執事のカールさんが出迎えてくれた。ちなみに、日下部くんは、門の前で待っててくれてる。


 私は、隠れている日下部くんを気にしつつも、リュートくんを抱っこして、ミアちゃんと一緒に挨拶をした。


 すると、カールさんは、その後すぐに、アランくんを呼んできてくれた。


「こんにちは、恋ヶ崎さん」


 爽やかな笑顔で出迎えてくれたアランくんは、今日もかわらず綺麗だった。

 

 やっぱり、王子様って言葉が、よく似合う。


 でも、そんなアランくんを見た瞬間、ミアちゃんが、急に黙り込んだ。


 あれ? さっきまで、上手に挨拶できてたのに。


「ミアちゃん、どうしたの? ご挨拶は?」


「あ、ミ、ミアです」


「初めまして。僕たちが作った服、気に入ってくれた?」


「うん、ありがとう」


 どことなく、いつもと違うミアちゃんに、違和感を覚える。


 でも、けっこう歩いたし、疲れたのかも?

 私は、そう納得しつつ、アランくんにお菓子を差し出す。


「アランくん、素敵なお洋服、本当にありがとう」


「どういたしまして。わざわざ、お礼なんてしなくてよかったのに」


「そういうわけにはいかないよ。すっごく助かったし。それにね、うちのお父さんが、すごく褒めてたよ。中学生が作ったとは思えないって!」


「そっか、嬉しいな。そうだ、僕からも渡したい物があったんだ」


 すると、アランくんは、私の前に、ラッピングされた袋を差し出してきた。


 透明な袋だったから、中身は、すぐにわかった。赤いチェック柄のリボンと真珠みたいな飾りがついた、可愛いバレッタ。


「な、なにこれ!」


「余ってたハギレを使って作ったんだ。ミアちゃんの洋服とリュートくんのスタイと、おそろいになるように」


「お、お揃いって、まさか私に?」


「他に誰がいるの? 恋ヶ崎さんのために作ったんだよ」


「……っ」


 そう言うと、アランくんは、私の手の平に、そのバレッタをのせてきた。そして、その瞬間、一気に胸が熱くなった。


 きっと、髪に飾ったら、凄く可愛くて、私には、もったいないくらい綺麗な髪飾り。


 なにより、わざわざアランくんが、私のために作ってくれた。それが、すごく嬉しくて──


「ぅ……あり……が……っ」


 だけど、必死に、お礼の言葉をつむごうとしたのに、出てきたのは涙だった。


 好きな人から、初めてもらったプレゼント。


 それを手にしたまま、私の瞳からは、ポロポロと涙が溢れ出した。


 どうしょう。

 泣いたら、アランくんを困らせちゃうのに。


 でも、嬉しい気持ちと、悲しい気持ちが、ぐちゃぐちゃになって、涙は、ますます止まらなくなる。


 やっぱり、好きだなぁ。

 アランくんのこと……っ


 でも、もう未来は決まっていて、いつかフラれちゃうのも分かっていて、あきらめなきゃいけないって、何度も言い聞かせてるはずなのに、好きだと自覚すればするほど、苦しくなった。


 どんなに好きでも、叶わないんだ。

 私の恋は、ダメだったんだ。


 それが今は、すごく苦しい。


 もちろん、自惚れていたわけじゃない。

 私が、アランくんに釣り合うような女の子じゃないのは、よく分かってる。


 でも、どんなに釣り合わなくても、好きだって気持ちは、本物だったんだもの。


 だから、こんな形で知りたくなかった。

 未来なんて、知りたくなかった。


 だって、知らなければ、気持ち一つ伝えられないまま、終わらせることもなかったのに……っ


「どうしたの? なんで、泣いてるの?」


「ぁ、違うの。これは……っ」


 アランくんが、泣いている私を心配して、近寄ってきた。


 私の瞳を、綺麗なアメジスト色の瞳が覗き込む。それは、あの日、初めて声をかけられた時と同じで、また泣きたくなった。


 あの日、私は初めて恋をした。

 たったの3ヶ月だったなぁ、私の初恋。


 でも、あの時も泣いて困らせたし、もう、これ以上、アランくんを、困らせちゃダメだよね?


 私は、必死に涙を拭った。

 すると、その瞬間、リュートくんの手が、私の頬に触れた。


 心配してるのかな?

 ミアちゃんを見れば、同じように、私を見上げてる。


 ごめんね、ミアちゃんたちは、何も悪くないのに。

 ママが泣いてたら、心配にもなるよね?


「嬉し……かったの!」

「え?」


 すると、私はアランくんに向けて、ありったけの笑顔をむけた。


「すごく、嬉しかったの。本当に、ありがとう。このバレッタ、私の宝物にするね!」


 できるだけ笑って、精いっぱいの『ありがとう』を伝えた。


 『好き』の気持ちを込めた、ありがとう。

 『感謝』の気持ちを込めた、ありがとう。


 すると、アランくんは


 「本当に大丈夫? 少し休んでいく?」


 そう言って、また優しい声をかけてくれた。

 本当に、アランくんは優しすぎるよ。


 でも、今はそれが辛すぎて、私は明るく断わって、ミアちゃんたちを連れて、アランくんから離れた。


 門を出ると、外で待っていた日下部くんと目が合った。


 多分、見てたよね?

 プレゼント受け取って、泣いちゃうところ。


 あんな姿を見たら、やっぱり気になるかな?

 すると、日下部くんは


「なんで、泣いてるの?」


 案の定、そう、問いかけてきた。

 ここまできたら、話した方がいいのかな?

 私の気持ち──


 だって、ずっと嘘をつき続けるのは、だましてるみたいで嫌だもの。


「あのね、日下部くん」


 私は、涙目のまま、日下部くんを見つめると


「私……今、好きな人がいるの」

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