✤ 24 ✤ 過去と未来


 ハッキリそう伝えると、日下部くんは、何も言わず、私を見つめた。


「ごめんね……ずっと黙ってたけど、私、ミアちゃんたちが来る前から、好きな人がいて……でも、未来のことを知って、もう諦めなきゃいけないって思ってるはいるんだけど……簡単に、なくせるような気持ちでもなくて……っ」


 一度止めた涙が、また溢れそうになった。


 失恋したときって、みんな、どうやって立ち直るんだろう?

 好きな人って、どうすれば忘れられるの?


 未来は決まってるのに、心の中は、今もアラン君でいっぱいで、ふしぎと日下部君を裏切ってるような気持ちになった。


 私の好きな人が、日下部君だったらよかったのに。

 そうすれば、こんなに苦しむこともなかったのかな?


「知ってるよ。アランが好きなのは」

「え?」


 だけど、その言葉に、私は困惑する。

 し、知ってたって……っ


「嘘でしょ!?」


「ホント」


「な!? なんで、ちょっと待って!? 私、そんなにわかりやすかった!?」


「わかりやすいというか、俺が、よく見てたから、気づいただけというか」


「よく……見てた?」


「うん。俺──恋ヶ崎さんのことがだよ」


「へ?」

 

 あまりのことに、頭の中が真っ白になった。


 な、なに言ってるの?

 私のことが──好き?


「ちょ、ちょっとまって、急にどうしたの?! 私たち、この前、初めて話したばかりだよ! あ! もしかして、私が未来のお嫁さんだと知って、好きにならなきゃいけないと思ってる!? だったら」


「違うよ。別に未来を知ったからじゃなくて、多分、幼稚園の時から、好きだったんだと思う」


「幼稚園?」


「うん……『まーくん』って覚えてない?」


「まーくん?」


 『まーくん』は、覚えてる。

 一緒に公園で遊んでいた男の子だ。

 

 背が小さくて、メガネをかけていて、新しいお父さんと一緒に暮らすのを、ちょっとだけ、ためらっていた。


 それで、私が『お父さんってこんな感じだよ』って、おままごとを通して教えてあげたら、ちょっと、ほっとしてたんだ。


 だって、まーくんの本当のお父さんは、まーくんを捨てて、出ていってしまったから。


 でも、そのまーくんとは、小学校入学と同時に、疎遠になっちゃって……


「まーくんは覚えてるよ。でも、それが……」


「その、まーくん、俺なんだけど」


「えええぇ!!?」


 飛び上がるくらい驚けば、同時に、抱っこしていたリュート君がビクッとした。


 あ、ごめん、リュートくん!

 でも、こんなの驚かないわけがないよ!


「う、嘘だ! だって、まーくんはメガネかけてたし、私より、小っちゃかったもん!!」


「小っちゃいとか言うな」


「だって、本当だし! それに、ーくんだよ! 日下部君の名前は、柊真とうまでしょ!?」


「だから、柊真の『ま』からとって、まーくん」


「まぎらわしい!!」


 普通は『と』からとるでしょ!?

 なんで『ま』から!?


 あ、でも、『とーくん』とか『とーちゃん』はちょっと言いにくいし、別の意味になっちゃうか?!


 じゃぁ、本当に日下部くんが……まーくん?


「な、なんで? じゃぁ、言ってくれたらよかったのに」


「仕方ないだろ。恋ヶ崎さん、完全に忘れてるみたいだったし」


「忘れてないよ! でも、わかるわけないじゃん! こんなに変わってたら!」


 私よりも小さかったのに、今は、私よりも背が高いし、顔つきだって、大分、男の子らしくなっちゃったし。


 ていうか、日下部くんは、私に気付いたんだよね?

 ってことは、私は幼稚園から変わってないってこと!? それは、それで、ショック!! 


「とにかく。俺は、あの頃から、アリサちゃんのことが好きだよ」


「……っ」


 いきなり、アリサちゃんなんていわれて、ドキッとした。

 しかも、目が真剣なんだもの。

 うまく顔が見れない。

 

「で、でも、私は今……っ」


「わかってるよ。今は、アランが好きなんだろ。でも、負けるつもりはないから」


「え?」


「いつか、アランよりも好きになってもらえるように、頑張る。だから、今は、アランを好きのままでいいよ。たとえ、未来が決まっていたとしても、今の自分の気持ちも、大事にしなきゃダメだ。じゃなきゃ、きっと、未来の自分が後悔する」


「……っ」


 未来の自分──そう言われた瞬間、確かにそうだと思った。


 今、私が無理やりアランくんを忘れて、日下部くんを好きになろうとしても、きっと日下部くんは、喜ばないよね?


 だって、それって、本当の好きとは、違う気がするから。


 でも、がんばるって、本気なの?

 本気で日下部くんは、私のことが好きなの?


(ど、どうしよう……っ)


 心の中が、ぐちゃぐちゃだ。


 嬉しいのか、恥ずかしいのか、困ってるのか、うまく整理できない。


 でも、もやもやしていたことを吐き出せて、自分の気持ちを大事にしてって言ってもらえて、なんだか救われた気がした。


 そして、20年後の私が、どうして日下部君を好きになっているのか、ほんの少しだけわかった気がした。


「ありがとう……っ」


 その後、私は日下部くんに、お礼を言った。


 告白の返事は出来ないけど、ちゃんと、ありがとうは言っておきたかった。


 だって、未来は決まっていても、今の私たちは、今の私たちだ。


 未来を大事にしたいなら、今の自分も大事にしなきゃいけない。


 それを、気づかせてくれたから──


「でも、まさか、日下部くんが、まーくんだったなんて」


「なんだよ、文句でもあるのか」


「いやいや、文句はないけど、変わりすぎでしょ~」


「ねぇ、ママ」


「「あ」」


 すると、急に、ミアちゃんが私の服を掴んできた。クイッと引っ張っられて、私たちは、我に返る。

 

 しまった! 今の聞かれてたよね!

 私たち、子供たちの前で、なんて話をしてるの!?


「あ、あのね、ミアちゃん! 今の話は」


「ママ、わたし思い出したの……!」


「え?」


 すると、ミアちゃんが、急に叫んだ。


 私の服を掴むミアちゃんは、すごく不安げ顔をしていて、そういえば、さっきから様子がおかしかった。


 彩芽ちゃんや威世くんの前では普通だったのに、アランくんの顔を見た瞬間、急に黙り込んで。


 でも、思い出したって、なにを?


「あのお兄ちゃんだよ。私とリュートを、過去こっちに飛ばしたの」


「「え?」」


 ミアちゃんの言葉に、私と日下部くんは同時に反応する。


 な、何言ってるの? アランくんが、ミアちゃん達を、こっちに飛ばした? それって……


「ママ、あのお兄ちゃん、人間じゃないの! 本当は、悪魔あくまなの!」


 それは、あまりにも予想外の言葉で、私たちは、困り果てた。


 だって、人間じゃない!?

 しかも、悪魔って!?

 

 ミアちゃん!

 一体、何を言ってるのぉぉぉ!??









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る