✤ 18 ✤ 柊真の気持ち

(柊真side)


 恋ヶ崎さんの家をでて、そこから、5分くらい歩いたところに、俺の家はあった。

 玄関を開けて、中に入れば


「「兄ちゃん、おかえり~!」」


 と、双子の兄弟が、駆け出してきた。


 先日、6歳になったばかりの弟たち。

 この双子の下には、まだ5ヶ月の妹もいる。


 年の離れた弟妹だけど、兄として、かなり慕われてると思うし、俺が育児に詳しくなったのも、この弟妹の面倒をみていたからというのものあるかもしれない。


 でも、それが今になって、の役に立つとは思わなかった。


 恋ヶ崎さんは、忘れてるみたいだけど、俺と恋ヶ崎さんの家は、案外近くて、子供の頃は、よく近所の公園で顔を合わせていた。


 俺たちが、まだ幼稚園の時だ。


 母の再婚で引っ越してきたばかりの俺は、この近所にほとんど知り合いがいなくて、おまけに人見知りが激しかったから、いつも一人で遊んでいた。


 だけど、そんな時、恋ヶ崎さん……いや、アリサちゃんに出会った。


『ねぇ、ねぇ、一緒にあそばない?』


 そう言って、声をかけてきたアリサちゃんは、週末だけ、お父さんと一緒に公園に来ていた。


 ほんの少しの時間だったし、毎回ではなかったけど、会えば、必ずと言っていいほど、アリサちゃんと遊んでいた気がする。


 そして、その頃のアリサちゃんは、俺のことを『まーくん』と呼んでいた。


 これは、母が『柊真』の『ま』からとって『まーくん』と言っていたから。


 多分、お互いに、本名は知らなかった。

 でも、困ることはなかった。


 『アリサちゃん』と『まーくん』それだけわかっていれば、十分だったから。


『ねぇ、まーくん! おままごとやろう!』


 そして、一緒に遊んだ中で、特に印象に残っているのは、アリサちゃんが、おままごとでをやりたいといい出したこと。


『私、パパ、やってもいい?』


『パパ? 俺が、パパじゃないの?』


『うん。だって、私、ママいないんだもん。だから、パパの方が得意なの!』


 その話には、少し驚いた。

 だけど、あるいみ納得した。

 だって、俺も、この前まで、パパがいなかったから。


『そうなんだ。じゃぁ俺、ママやる。パパがなにするのか、わかんないし』


『まーくん、パパいないの?』


『うん。この前までいなかった。でも、新しいお父さんも、まだよくわかんない』


『そうなんだ。じゃぁ、アリサがパパをやって教えてあげるね!』


 アリサちゃんは、いつも明るくて、人見知りの俺を、よくひっぱってくれた。

 ただ、アリサちゃんが演じるパパは、普通のパパじゃなかった。


『ママ、大変だー! また研究室が火事になってしまったぁぁぁ!』


『パパ、何やってんの!?』


 でも、その斬新な設定が思ったより楽しくて、アリサちゃんとの時間は、いつも、あっという間だった。


 そして、同い年だとわかって、来年から小学校に行くという話を聞いた時、近所だし、俺はなんの疑いもなく、同じ小学校に通うと思っていた。


 だけど、小学校の入学式。俺が入学した三崎みさき小学校に、アリサちゃんの姿はなかった。


 どうやら、カフェの前にある大きな道路を境に、校区が分かれたらしく、アリサちゃんは、堂守どうもり小学校に通うことになっていたらしい。


 そして、それからは、一切会うことがなくなって、俺たちは、中学生になって、また再会した。


 桜川中学の入学式の日。


 茶色くてふわふわの髪をした恋ヶ崎さんを見た瞬間、すぐにアリサちゃんだってわかった。


 だけど、アリサちゃんは、俺には気づかなかった。でも、それは仕方ない。


 だって、幼稚園の頃の俺は、視力の矯正のために眼鏡をかけていたし、はっきいりってドチビだった。


 今は眼鏡もはずれて、身長だって伸びたから、あの頃とは、まるっきり印象が違う。


 だけど、見た目は変わっても、やっぱり、気づいて欲しかったし、忘れられてるのと思うと声をかけづらくて、そうこうしているうちに、気づいてしまった。


 アリサちゃんには今、がいるんだってことに。


 多分、相手は、A組のアランってやつ。


 あんなに社交性が高くて、モデルみたいな顔をした外国人が好きだと知った時は、正直、ショックだった。


 だって、俺とは正反対のタイプだ。

 完全に失恋したのだと思って、数日、落ち込みまくった。


 だから、あの日、ベビーショップで、久しぶりにアリサちゃんに声をかけられた時も


『日下部くん、だよね?』

『あぁ、恋ヶ崎さん……だっけ?』


 俺だけ覚えてるのが悔しくて、意地悪をするように、そっけなく返してしまった。


 だけど、困ってるアリサちゃんを、ほっとけるわけもなく、重い荷物をもって、家まで送ってあげたら、そのあと、とんでもない奇跡が起きた。


『パパだぁ!』


 いきなりミアが、パパと叫びながら俺に抱きついてきた。

 意味がわからなかった。

 だけど、そのあと、ミアたちが未来から来たことと、20年後の俺が、アリサちゃんと結婚していることを知った。


 すごく、戸惑った。


 アリサちゃんには、もう好きな人がいるし、完全に失恋したと思っていたから、このまま、ただのクラスメイトとして、過ごしていくんだと思っていた。


 だけど、その未来の話を聞いて、まだ、諦めるなって言われてる気がした。


 今はアランが好きでも、いつか、俺のことを選んでくれるかもしれない。そう思ったから──


 ✤


「兄ちゃん! 遊んでよ!」

「あぁ、宿題終わったらな」


 その後、じゃれついてきた弟たちを軽くあしらうと、手を洗ったあと、2階にある自分の部屋に向かった。


 正直、自分の弟妹と、ミアとリュートの子守りを同時にやるのは、大変だった。


 だけど、アリサちゃん一人に、背負わせるつもりはない。


 でも、どうして、未来の俺たちは、わざわざに、自分の子供を託したのだろう?


 正直、それだけが、分からなかった。


 子供を育てさせたいなら、もっと、大きくなった俺たちでもよかったはずだ。高校生とか、大人とか。


 20年も過去に飛ばしたのには、何か意味があったのか?


 それに、本当に子供たちを捨てたのなら、本気で殴ってやろうと思っていたけど、今日、ミアと話していて、捨てられた線はないと思った。


 理由は、ミアたちが、親に絵本を読みきかせてもらっていたから。


 リュートだって、いないいないばぁをすれば、キャーキャー笑って喜んでいた。


 虐待のあともないし、栄養失調気味という訳でもないから、育児放棄ネグレクトでもない。


 あの二人は、たくさんの愛情を注がれて、育てられてる。

 じゃぁ、なぜ二人を手放したんだ?

 『育ててください』なんて、あんな手紙まで残して。


「……未来で、なにがあったんだ?」


 考えられるのは、一つしかなかった。


 つまり、20年後の未来で、俺たち家族が、ひきさかれるような、なにが起こったということ。


 だけど、どんなに考えても、その答えにたどり着くことはなかった。



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