✤ 17 ✤ もっと頼って
「え? 誰かな?」
私は首を傾げつつ、リュート君を抱っこし、ミアちゃんと一緒に、リビングのモニターを見に行った。
すると、そこに映っていたのは、日下部君だった。
「パパだー!」
ミアちゃんが、パパが来たと、満面の笑みで、玄関に駆けだした。私は、すぐに追いかけたけど、リュートくんを抱っこしてるから、簡単には追いつけない。
そして、ミアちゃんは、玄関の鍵を開けるなり、あっさり日下部くんを、中に招き入れた。
「おかえり、パパ!」
しかも『おかえり』なんていいながら!
「ちょっとミアちゃん! 『おかえり』じゃなくて『こんにちは』だよ!」
「なんで? パパだよ?」
うん、確かに、パパが帰ってきたら『おかえり』だろうけどね!
でも、日下部君と一緒に暮らしてるわけじゃないし!
「ごめんね、日下部くん」
「いや、俺の方こそ、急に来てごめん」
日下部君は、制服姿のままだった。
そして、右手には、ベビーショップの袋を手にしてる。
「今日は、どうしたの?」
「これ、渡しとこうと思って」
そういって差し出してきた袋を覗き込めば、中には、ピンク色の紙パックが10本くらい入っていた。
「なにこれ? ジュース?」
「いや、液体ミルク。調乳せずに、そのまま哺乳瓶に移して使えるから、夜中とか、ラクしたい時に使えば」
「え!!」
液体ミルク!?
まさか、わざわざ分量を計ったり、冷やさなくてもいいってこと!? なにそれ画期的!
「こんなのあるんだ、知らなかった! もしかして、わざわざ買ってきてくれたの?」
「あぁ、だって今日、すごく眠そうにしてただろ」
「あ……」
日下部君、私が寝不足だって気づいてたんだ。
だから、心配して、わざわざ買ってきてくれたの?
優しいなぁ、日下部くん。
この前は、急に結婚とかいわれて、ビックリしたけど、こんなに気にかけてくれてたなんて。
なんだか、勝手に意識して気まづくなってた自分が、恥ずかしいよ。
「ありがとう。心配してくれたんだね」
ニッコリ笑って、お礼を言う。
すると、日下部くんは、少しだけ頬を染めて、視線をそらした。
「別に、お礼なんて言わなくていい」
「えー、ダメだよ。お礼は何度だっていうよ。本当に、ありがとう! 日下部くんのおかげで」
「だから、いいって! それより、他に必要なものとか、困ってることはないか?」
あれ? もしかして、照れてる?
お礼言われるのが恥ずかしいなんて、日下部くんらしいなぁ。
でも、嬉しかったら、お礼は言わなきゃね!
それと、必要なものかぁ。
ミアちゃんたちのお洋服は、アランくんたちにお願いしたし、あとは──
(あ! あった! めちゃくちゃ困ってたこと!)
そうだよ! 今まさに、困ってたんだ!
でも、こんなこと、お願いしちゃっていいのかな?
ずうずうしいとか思われない?
でも、この前『二人で育てよう』って言ってくれたし、言うだけ言ってみようかな?
「あのね、日下部くん。もしよかったら、私が宿題をやってる間、子供たちのこと見ててくれない!?」
「え、宿題?」
「うん! 今日、たくさん出たでしょ。でも、ミアちゃんたちを見ながらじゃできないし、このままじゃ、夜中に宿題しなきゃいけなくなっちゃうよ~」
助けて!──と言わんばかりに泣きつくと、日下部くんは
「いいけど」
「ホント! じゃぁ、上がって!」
「え? でも、今日は、恋ヶ崎さんのお父さん、いないんだろ?」
「え? いるよ、一階のカフェに。あ、黙って上がるのが嫌なら、お父さんにもちゃんと伝えとくし、だから、大丈夫!」
「……そう」
あれ? もしかして遠慮してる?
なんでだろう? この前も来てるのに。
ちょっとだけ疑問に思ったけど、その後、お父さんに話をしたら、あっさり「いいよ」っていってもらえて、私たちは二階に向かった。
そして、私の部屋に戻ったあとは、机に向かって宿題をする私の後ろで、日下部くんが、ミアちゃんとリュートくんに、絵本を読み聞かせていた。
「昔むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが」
「ねぇ、パパ。この絵本、動かないの?」
「え? 動く? 絵本が?」
「うん! ミアの持ってる絵本はね、開くと、みょいーんってなるの!」
「みょいーんて……未来の絵本って動くんだ?」
「うん! 歌も歌うよ!」
そうなの!?
未来の絵本って、歌うの!?
なんだか後ろの会話が気になって、宿題に集中できない。
でも、聞けば聞くほど、日下部くんが、子守り上手なのが伝わってくる。多分、下の弟妹にも、こうして、絵本を読んであげてるのかな?
本当に、いいお兄ちゃんだなぁ。
こんなに優しくて、カッコイイお兄ちゃんがいたら、私なら自慢してるよ。
「ミア。リュートは、どんな遊びが好きなんだ?」
すると、しばらくして絵本を読み終えたのか、日下部くんが、ミアちゃんに話しかけた。
しかも、いつの間にか、呼び捨てになってる。
「リュートはね、いないいないばぁが、好きだよ」
「へぇ……いないいないばぁって、20年後もあるんだ。リュート、いない、いない~」
え!? もしかして、日下部くんが、いないいないばぁしてる!?
あのクールな日下部くんが!?
どうしよう、みたい!
でも、見ちゃいけない気もするし……っ
(あー、ダメダメ集中しなきゃ! なんのために、日下部くんに見てもらってるの!)
後ろの会話を気にしつつも、私は、必死に宿題をつづけた。
そして、それから一時間がたったころ、突然、日下部くんが、話しかけてきた。
「恋ヶ崎さん、宿題終わりそう?」
「あ、ごめん。あと一問だけなんだけど、どうしても解けなくて」
「どの問題?」
「これなんだけど……」
なかなか解けない数学の問題。
それを指させば、日下部くんは、私の隣に来て、丁寧に解き方を教えてくれた。
そう言えば、日下部くんて、頭良かったんだった。たしか、学年でも上位の方。
「これ、引っかけ問題だよ。先にこっちの式から求めてから」
「あ、そういうこと!?」
日下部くんの教え方は、すごく分かりやすかった。
すごいなぁー。勉強もできて、頼りがいもあって、オマケに、子供たちのお世話も上手だなんて。
でも、こんなにできる日下部くんと、私は、20年後に結婚してるんだよね?
それだけは、未だに信じられないなぁ。
だいたい、なんで、未来の日下部くんは、私なんかを選んだんだろう。
別に頭がいいわけじゃないし、特段、可愛いわけでもない。なんの取り柄もないよね、私って。
それに比べて、日下部くんはカッコイイし、もっと素敵な子がいたんじゃないかな?
それに、もし未来の話が本当だとしたら、今の私の恋は、どうなっちゃったんだろう?
アランくんへのこの気持ちは、どこにいっちゃったんだろう?
「恋ヶ崎さん、聞いてる?」
「あ、うん。聞いてるよ!」
日下部くんに話しかけられて、私は我に返った。
ダメだよね、今、アランくんのこと考えちゃ!
その後は、話に集中する。
すると宿題は、あっさりおわった。
「ありがとう、日下部くん」
「いや、俺にできることって限られてるし。迷惑じゃなければ、明日も来るけど?」
「ホント!」
明日も見てくれるってこと!
ミアちゃんたち、すごく喜んでるし、私も宿題が終わって一安心だし、明日も来てくれるなら、すごく助かる。
でも、そんなに甘えちゃっていいのかな?
「でも、日下部くんだって、家でやりたいことがあるでしょ?」
「大丈夫だよ。むしろ、力になりたいから、もっと頼って」
「……っ」
なに、このイケメン発言!?
クラスの女子が聞いたら、悲鳴あげそう!
でも、どうして、そんなに優しくしてくれるの?
優しくされればされるほど、なんだか、申し訳ない気持ちになった。
日下部くんは、未来のことを、どう思ってるんだろう?
私なんかと結婚してるって知って、嫌じゃなかったのかな?
「じゃぁ、明日も来るから」
「うん。ありがとう……っ」
その後は、ミアちゃんが喜んだのもあって、明日も、お願いすることになった。
もしかして、日下部くんは、もう受けれてるのかな?
未来のことを──
だけど、私には、まだ受け入れられないよ。
だって、私の好きな人は、アランくんだし、例え、未来が決まっていたとしても、簡単になくせるような気持ちじゃないもの……っ
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