✤ 13 ✤ 二人で一緒に


「日下部くん、今日は、ありがとう」


 話し合いを終えたあと、私は、日下部くんを見送るため、一階まで下りてきていた。


 玄関をでれば、外は、もう夕方になっていて、私たちは、二人だけで話しをする。


 ちなみに、リュートくんは、今ぐっすり眠っていて、ミアちゃんは、お父さんが用意したドーナツを食べてご満悦。


 そして、その隙に、日下部くんを帰すことになったの。

 だって、ミアちゃんが、おままごとしたいと言って、私たちを離してくれなかったんだもの。


「今日は、ごめんね。色々と大変なことに巻き込んじゃって」


 お見送りの際、改めて謝れば、日下部くんは、軽くため息をつきながら


「別に謝らなくていい。それより、この後大丈夫? 恋ヶ崎さんのお父さん、仕事に戻るんだろ」


「うん。うちのお店、夕方が一番忙しいから、いつまでも仕事抜けさせるわけにはいかないし。でも、大丈夫だよ。なにかあれば、下のカフェに駆け込めばいいし、私一人でもなんとかなるよ」


 正直にいうと、ちょっと不安。

 お父さんは仕事に戻っちゃうし、私一人で、二人の子供の面倒なんて見れるのかな?

 でも、私が見るって、お父さんにも担架きっちゃったし、頑張らないと。


「それとね。ミアちゃんは、あんなこといってたけど、日下部くんは、気にしなくていいからね?」


「え?」


「だって、いきなり、パパなんていわれてもピンとこないでしょ? それに、これは、うちで起きたことだから、私とお父さんでなんとかするよ。だから、日下部くんは気にせず、これまで通りすごして」


 明るく笑って、送り出そうと思った。

 だって、これ以上、日下部くんを巻き込むわけにはいかないし。

 今日は、たくさん手伝ってもらったから、それだけで充分。でも、日下部くんは


「恋ヶ崎さん、落ち込んでるよね? 大人になった自分が、子供たち捨てたって知って」


「え?」


 その言葉には、心臓がドキリと跳ねた。


 日下部くん、気づいてたんだ。

 確かに、あの手紙は、凄くショックだった。

 いつか自分が、子供を捨てるような大人になるんだっておもったら──


「そ、それは……落ち込むよ。あんな手紙、見たら」


「俺も」


「え?」


「俺も、自分が子供を捨てるような親になるんだと思ったら、すごくショックだった」


 夕日に照らされた日下部くんの表情は、とても複雑な色をしていた。


 どこか悲しそうな、それでいて辛そうな。

 だけど、それ以上に、未来の自分に怒ってるのが伝わってきた。


 そっか。日下部くんも、私と同じこと考えてたんだ。

 でも──


「日下部くんは、そんなことしないよ!」


 日下部くんの目を見つめて、私は、ハッキリそう言った。


「だって、ミアちゃんのこと、すごく可愛がってくれたし、リュートくんのお世話だって完璧だったし、あんなに一生懸命、子供たちのことを見てくれた日下部くんが、子供を捨てるなんて思えない! それに、あの手紙は、私が書いたものだから、悪いのは私だけだよ!」


 そうだ。日下部くんは、悪くない。

 日下部くんは、絶対にそんなことしない。

 だから、悪いのは──


「それを言うなら、恋ヶ崎さんもだろ」


「え?」


「ベビーショップで会った時、すごく悩んでたし、お昼だって、まだ食べてないんじゃない? 制服すら着替えてないし……自分のこと、そっちのけで、子供たちのために必死になってた恋ヶ崎さんが、将来、子供捨てるような親になるなんて、俺には思えないよ」


「……っ」


 優しい言葉が、落ち込んだ私の心に、まるで、明かりを灯すように入り込んだ。


 確かに、日下部くんの言う通り、お昼は、まだ食べてなかった。学校から帰ったら、すぐにミアちゃん達がやってきたし、それどこれじゃなかったから。


 でも、日下部くんが、そんなふうに思っててくれてたなんて……


「それに、あの手紙、急いで書いたようにも見えたし、なにか、があったのかもしれない」


「やむ得ない事情?」


「うん」


 そう言われた瞬間『なんで未来の私は、過去の私に、子供たちを託したんだろう』そう思った。


 だけど、どんな事情があったとしても、子供を捨てていい理由には、ならないよね?


「うん、ありがとう……でも、やっぱりショックだよ」


「それは俺も同じ。だから、もし本当に、20年後の俺が、子供を捨てるような最低な親になってるんだとしたら、一発ぶん殴ってやりたい」


「え?」


「だから『これまで通り過ごせ』とか『気にするな』とか、まるで関係ないみたいに言うなよ。タイムマシンが完成したら、俺も一緒に未来に行って怒鳴りつけてやる。だから、一人で背負うな。それに、あの二人にとって、今の俺たちが親代わりなら、二人で育てなきゃダメだろ」


「……っ」


 二人で──そう言われた瞬間、なんだか泣きそうになった。


 なんでかな?

 胸の奥が熱い。私、嬉しいのかな?


「でも、日下部くん、迷惑じゃないの?」


「迷惑なら、わざわざ言わない」


「そ、そっか。そうだよね……っ」


 嬉しくて、ほっとして、私は、涙ながらに微笑んだ。


 不思議。ずっと重かった心が、急に軽くなった。

 なんだか、心強い仲間ができたみたい。


「そうだ。恋ヶ崎さん、スマホ持ってる?」


「あ、うんん。持ってない。今度お父さんに、買って貰おうとはおもってるけど」


「そう。じゃぁ、俺の連絡先だけ教えとく。メモできる?」


「うん、ちょっと待ってて!」


 日下部くんは、その後、ポケットからスマホを取り出して、連絡先を教えてくれた。

 『困ったことがあれば、いつでも連絡して』って。


「ありがとう、すごく助かる」


「まぁ、恋ヶ崎さんより、俺の方が育児には詳しそうだし」


「う、それは……っ」


 女子の私より、男子の日下部くんの方が詳しいなんて! でも、本当のことだから、何も言えない!


「これから、覚えるよ!」


「そう。じゃぁ、これから、末永すえながくよろしく」


「え、末永く?」


「あぁ。だって、俺たち、いつか


「へ?」


 その瞬間、夏の風が爽やかに、私たちの間を通り抜けた。


 日下部くんの黒髪が、サラサラと風になびいて、その光景が、すごく綺麗で。

 だけど、一番印象に残ったのは、いつも涼しげな日下部くんの瞳が、柔らかく微笑んだこと。でも──


(え? 今、なんて言った? 結婚? するの? 私が、日下部くんと?)


 さりげなく重要な言葉を言われた気がして、私は日下部くんをみつめたまま、硬直する。


 そして、その瞬間、私はあることを思い出した。


(あーーー!! そうだった! いろいろバタバタしていて、すっかり忘れてたけど、20年後の私は『日下部アリサ』になっていて、日下部くんと結婚してるんだったぁ!!)


 そうだよ! 散々、パパとかママとか言われといて、こんな重要なこと忘れてたなんて!!


 でも、結婚って!

 ちょっと待ってよ、そんなの困る!!

 だって、私が好きなのは──


「じゃぁ、俺、もう行くから」

「え!? あ、ちょ……っ」


 呼び止めようとした時はもう遅くて、私はさっていく、日下部くんの背中を見送りながら、頭を抱えた。


 ど、どうしようー!?


 私が、好きなのは、日下部くんじゃなくて、なのに──!

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