✤ 4 ✤ 初めての恋
一瞬、何を言われたか分からなかった?
今なんていったの? 縫って……あげる?
「せ、制服……縫えるの?」
「うん。僕、裁縫が得意なんだ。だから、そのくらいのほつれなら、すぐに直せるよ」
そう言って、優しく笑ったアラン君は、その後、自分の鞄から、裁縫セットを取りだした。
手のひらサイズのオシャレなケース。
中には、針と糸が数種類入ってる。
でも、ちょっと意外だった。
女子の私ですら裁縫セットなんて持ち歩かないのに、男子が持ってるなんて。
「お裁縫、好きなの?」
「うん。裁縫も好きだし、可愛いものも大好きなんだ。だから、よく人形の服をデザインしたり、ぬいぐるみを作ったりしてるよ。上着かして、すぐ終わらせるから」
「う、うん」
言われるまま上着を手渡せば、アラン君は、私と話しながら、テキパキとポケットを縫い合わせた。
それは、ミシンで縫ったのかと言いたくなるほど綺麗で、しかも、本当にあっという間に直っちゃった。
「すごい! とっても、綺麗! ありがとう!」
「どういたしまして」
縫い終わったあと、私は、上着を抱きしめながらお礼を言う。するとアラン君は、またニッコリ笑った。
綺麗すぎて、近寄りがたい雰囲気すらあるのに、アラン君は、不思議と話しやすかった。
それに、一緒にいると、胸がポカポカしてきて、さっきまでの不安が、いつの間にか、なくなっていたのに気づいた。
「ほ、本当にありがとう……私、今日学校に行くのが不安だったんだけど、君のおかげで、大丈夫な気がしてきた」
「不安?」
「うん。私、堂守小学校の出身なの。だから、桜川中学には知り合いがほとんどいなくて、今日の自己紹介で失敗したら、もう友達ができないんじゃないかと思って……っ」
「そうだったんだ。だから、あんなに泣きそうな顔してたんだね」
「え!? 私、泣きそうだった!?」
「うん、今にも世界が滅亡しそうな顔してたよ」
「め、滅亡……!?」
そんな顔してたの!?
恥ずかしくて、私は真っ赤になった。
だけど、そんな私にアランは
「でも、確かに、知り合いがいないと不安にもなるよね。じゃぁさ、僕と友達になる?」
「え?」
「僕はアラン。アラン・ヴィクトール。1年A組だよ。君は?」
「わ……私は、恋ヶ崎アリサ! 1年C組」
「C組か。じゃぁ、彩芽と一緒だね」
「あやめ?」
「うん。
「ホント?」
「うん。彩芽は転校生だったから、恋ヶ崎さんの気持ちは、よく分かるだろうし。それに、クラスは違うけど、僕とも仲良くしてくれたら嬉しいな」
「う、うん、もちろん!」
その瞬間、一気に世界が輝いた気がした。
びっくりしちゃった。
アランくん、私の不安を、全部吹き飛んじゃうんだもの。
だから、安心したら、つい泣き出しちゃって。でも、そんな私を、アラン君は、優しくなぐさめてくれた。
その姿は、本当に、天使みたいに眩しかった。
そして、その後は、一緒に中学校に行って、アラン君が、彩芽ちゃんを紹介してくれた。
しかも、アラン君と一緒で、とっても優しいの。
そして、その日、私には、男子と女子のお友達が一人ずつできて、そのおかげか、自己紹介も緊張せず、無事に、クラスに溶けこむことができた。
今、私が、楽しく中学校に通っていられるのは、全部、アラン君のおかげ。
それにね、アラン君のカッコイイところは、他にもあるの。
それは、自分の好きなものを、全く隠そうとしないところ。
だって、裁縫が趣味で、可愛いものが好きだなんて、普通の男子なら隠そうとしそうなのに、アラン君は、いつも堂々としてる。
自分の好きという気持ちにまっすぐで、それを恥ずかしいことだなんて、全く思ってない。
そして、そんな姿が、すごくカッコイイ。
私は、やりたいこともないし、夢もない。だから、熱中できる何かがあって、自分に自信のあるアラン君に、すごく憧れちゃう。
そして、気がつけば、いつもアラン君のことを目で追うようになっていて、だけど、目が合う度に、心臓がドキドキして……いつしか『恋』をしてるんだって気づいた。
私は今、アラン君のことが、好きなんだって──
でも、あれから三ヶ月もたつのに、アラン君の顔を見る度に恥ずかしくなって、未だに上手く話せないんだけど……
✤✤✤
「おはよう、恋ヶ崎さん」
「お、おはよう、アラン君!」
そして、時は戻って、7月の朝。
屋敷の中から出てきたアラン君に声をかけられた私は、緊張しながら挨拶を返した。
(ど、どうしよう。心臓とびだしそう……っ)
いいかげん、このドキドキを何とかしたいのに、今まで恋をしたことがないから、どうすればいいか全く分からなかった。
でも、ドキドキはとまらないけど、今は、これでもいいと思ってる。
だって、こうして話しかけてくれてるだけで、私は十分幸せだから。
「一緒に学校行く?」
「え、あ……うん!」
私の前までくると、アラン君は、また綺麗に笑って話しかけてきた。
私は、自分より少し背の高いアラン君を見上げながら、いつも通り返事を返すと、その後、自転車を押しながら、アラン君と並んで、中学校に向かった。
今は、このままでいい。
だけど、いつかは、この気持ちを伝えられたらいいな。
この『好き』の気持ちと、あの日、助けてくれた『ありがとう』の気持ち。
その両方の想いをこめて、アラン君に告白できたらいいのに──
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