第9話 換金

「そんなわけだから、これの換金よろしく」


 半泣きのアカネが、受付カウンターに素材を積み上げていく。

 少し気合を入れて説教し過ぎたようだ。

 恨みがましい視線を感じるが、今回悪いのはアカネだ。これに懲りて反省してほしい。


 積み上げられていくのは、道中討伐した魔物の牙やら爪やら。

 約一月の旅路でかなり素材が溜まっていた。

 依頼の達成報酬だけで、何とかここまでこれたからこその結果だ。

 正直なところ、こんなところでまとめて換金することになるとは思わなかった。


 カウンターに座っていた受付嬢のリリカさんが頬を引き攣らせている。

 短く切りそろえられた茶髪に眼鏡をかけた知的な印象を感じるこの人。実は、「竜の宿り木亭」で会ったキリカの姉らしい。


「……ち、ちょっと待って。これ全部……?」

「そうよ。出来るだけ急いでほしいわ。私たちの生活に影響が出るから」

「……もうすでに出てるけどな」

「ジンは黙ってて!」


 リリカさんは頭を抱え、呟く。


「残業コースじゃない……。今日は帰ってゆっくりできると思ったのに……」


 ……罪悪感が。

 本当に申し訳ないとは思っている。

 そもそもの発端としてアカネが無駄遣いをしなければ、こんなことにはならなかった。

 予期せぬ被害者が出るだなんて……。


 その上、ギルド内にいた冒険者たちの注目を集めてしまっている。

 大量の素材を持ち込んではそうなるのも無理ないが、その視線の大半はアカネに向けられているのはいつものことだ。


「……不愉快ね。見世物じゃないんだけど」

「全ての元凶はアカネだからな」

「仲間なんだから、アンタも半分請け負いなさいよねっ!」

「視線の半分こはできかねるな。俺は注目とかされたいわけじゃないし」

「私だってこんな不躾な視線を集めたいわけじゃないわよ。……それより、リリカ。私たち、出来るだけ早くお金が欲しいの。ある程度高額になりそうなものだけ先に換金してくれるかしら? 残りは後でもいいから」


 アカネがそう言うと、リリカさんの表情がパァっと明るくなった。

 まるで絶望の闇の中に光が差し込んだよう。


「すぐ取り掛かるわ! 十五分待ってて!」


 リリカさんは積み上げられた素材を抱え、奥に駆け込んだ。

 職員総出で素材の山の仕分けに取り掛かり、いくつかの箱に分けられ別の部屋へどんどん運ばれていく。


 そして、丁度十五分後。


「――お待たせっ!」


 パンパンに膨れ上がった袋を手にリリカさんが受付に戻ってきた。

 時間通り、しかも大金の予感。

 リリカさん、かなり仕事できる人のようだ。


「あなたたち、イストから来ただけあるわね。首都じゃお目にかかれない素材が多くて、うちの外商担当が目を輝かせていたわ。とりあえず、レッドホーンバッファローの角が三十。それとレッドナイトオウルが丸々五羽。状態とか諸々鑑みて、合計で金貨十枚になったわ。これだけあればしばらく何とかなるでしょ?」

「「おお~!」」


 あまりの手際の良さに、二人して思わず拍手。

 それに、アカネの出費を取り返したどころかその倍の収入。

 何故か自慢気に胸を張るアカネは放置し、リリカさんに感謝を告げる。


「ありがとう。助かるよ、本当に」

「気にしないで。むしろ、あなたたちのおかげで私の仕事も今日は終わりだから。予定より早く帰れるわー」

「そんなに早く帰りたかったんだね」

「そうよ。家の手伝いもしなきゃだし、可愛い妹の相手もしなきゃだから」


 たった数十分ほどしか会話していないが、リリカさんのことで一つ理解した。

 この人は、かなり妹を溺愛している。

 それは悪いことではないが、無理矢理妹の話を聞かせようとするのはやめてほしい。


「あなたたち、うちに泊まるんでしょ? なら一緒に帰りましょうよ。優秀な冒険者と一緒だと、安心できるから」

「そうね。どうせ同じところに向かうんだし。丁度いいわ」


 アカネが許可すると、リリカさんはすぐさま仕事を片付け荷物を持って戻ってきた。

 そのまま三人でギルドを出て、「竜の宿り木亭」へと向かう。



 妙な視線と後を付ける足音。数は五・六人ってところか。

 アカネと視線を合わせ、そのまま気づかないふりをして歩き続けた。





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