第8話 財布事情

「ようこそ、首都レーニアへ! あなた方の来訪を心より歓迎いたします! 存分に、レーニアを堪能してください!」


 衛兵から様々なチェックを受け、中へ通される。

 俺たちが初めてここを訪れたことを知ると、対応してくれた衛兵はそう口にした。

 非常時だと言うから、もっと厳重な警備をしているかと思えば、実はそうでもないらしい。


「非常時だっていうのに、素所の知れない冒険者も歓迎してくれるのね。不思議だわ」


 アカネは思ったことを口にしてしまう。

 アカネの言葉を聞き、衛兵も苦笑。


「……確かに、そう思われるのも無理ありません。ですが、どのような事態に見舞われようが、我々の意志は変わりません。『常しえの平穏を』。連合王国の礎となった奇跡の少年が残した言葉です。我々は彼の意志を守らねばならない。たとえ、凶悪な犯罪者が逃げ出し、悪事を企てていてもです。そのような者たちのせいで、我々の平穏が崩されるなど、あってはなりません。連合の民として、守るべき義務でもあります」


 確固たる信念をもって、衛兵はそう答えた。

 彼ら連合王国の人間は、『王建記』に登場する奇跡の少年の言葉を忠実に守っているのだ。連合王国に暮らす者として。

 そう聞けば、納得の答えだと思う。

 だが……。


「……その義務が、いつか足枷になるかもしれないな」

「? なんと?」

「いや、何でもない。おすすめの宿とかあるかな?」

「ああ。それでしたら、東区にある『竜の宿り木亭』がおすすめですよ。安く、食事も美味しい。女将さんらも優しく、冒険者に理解のある方ですので」

「『竜の宿り木亭』ね。行ってみるよ。ありがとう」


 衛兵にお礼を告げ、早速紹介された「竜の宿り木亭」に向かうことにした。

 隣を歩くアカネは、いつになくそわそわしている。

 どうしたのだろう……――ああ、そういうことか。


「言っておくが、『大図書館』に行くのは明日だからな」

「!? ど、どうしてよ! こんな……こんな目の前に私の『大図書館』があるのにっ!?」

「お前のではないからな。結構並んでいたせいで、時間も大分かかった。ゆっくりしてる時間はないだろ?」

「うぐっ。そ、そうだけど……」

「今日は休んで、明日にしよう。その方が、時間を気にせず本に集中できるからな」

「し、仕方ないわね。今回はと・く・べ・つ・に! ジンの言葉に従ってあげるわ。寛大な私に感謝しなさいよね!」

「……ハイハイ、ありがとうございまーす」

「むっ。それはそれでなんかムカつくわ!」


 もう、どうしろと?

 そんな他愛のない会話をしていたら、木に留まる竜の看板が目に入った。

 三階建てでかなり大きい。一階は食堂になっていて、二階三階が客室になっているようだ。

 中々悪くない雰囲気に、アカネも気に入ったようだ。

 中に入ると、快活な少女の声で迎えられた。


「いらっしゃい! 宿泊? それとも食事?」


 エプロンを付けた十歳くらいの少女が訊ねる。


「宿泊かな。二部屋空いてる?」

「ちょっと待ってねー……ああ、ギリギリ一部屋しか空いてないや。お兄ちゃんたち、お部屋一緒でもいい?」

「いや、それは……」

「別にいいわよ。何も問題ないわ」

「おいおい。勝手に」


 少し小言でも言おうかと思ったら、アカネが俺の耳をひっぱり少女に聞こえないよう小声で耳打ちした。


「……私たちの財布事情、理解してる?」

「は? まだ金は……あれ……?」


 アカネに言われ、財布の中身を確認する。

 銀貨が四枚。前の街ではもっとあったはずなのに、一体……?

 アカネに視線を向けると、気まずそうに目を逸らした。


「……何に使ったのかな?」

「た、大したことじゃないの、よ。た、たまたまっ! たまたま珍しい魔法書を見つけたってだけだから……そ、そうよ! これは必要経費なの!」

「いくらだ。一体いくら使ったんだ!?」

「…………ご、まい……」

「ああ? 何だって?」

「……き、金貨、五枚……」


 金貨五枚。

 四人家族が普通に生活するのに、贅沢をしなければ一月銀貨五枚で事足りる。

 そのおよそ百倍の値段を、魔法書一冊で消費した、と……。


 ……俺の拳骨が、無意識にアカネの頭に振り下ろされた。


「――いったーーーい!? ちょっと、酷いじゃない!」

「酷いことあるか! 勝手に浪費しやがって! 無駄遣いすんじゃねぇよ!」

「魔法士が魔法書買い求めるのが、無駄遣いなわけないでしょ! それくらいいいじゃない!」

「だとしても使いすぎだ!」


 アカネと一緒に行動するようになってからわかったこと。

 こいつは、金銭感覚が麻痺してる。

 いくら使おうが、依頼を受ければどうとでもなると思っている節がある。

 そのため、財布の管理は俺がしていたのだが……勝手に使うとなると今後はより一層警戒しなければならない。


 突然喧嘩を始めた俺たちの前で、オロオロしている少女に声をかける。


「お嬢さん、名前は?」

「あたし? あたしはキリカ」

「キリカね。俺はジン。ところで聞きたいんだけど、一泊いくらするのかな?」

「一泊銀貨一枚だよ。食事は別料金なの」

「そっか。とりあえず一泊分支払っとくよ。これで部屋だけ取っておいてくれるかい?」

「うん! お兄ちゃんたち、食事はまだしないの? もう晩御飯の時間が近いけど」

「ああ。先に済ませないといけない用事が出来たからね」

「わかった。それじゃ、戻ってきたらうちの宿の説明とかするね。結構評判良いんだよ! お風呂とかあるし、お母さんのご飯も美味しんだ!」

「お風呂! ねぇ、ジン? 先にお風呂とか……」

「ダメだ。キリカ、また後で」

「うん。待ってるねー!」


 キリカに手を振り返し、アカネを引きずって宿を出た。

 向かう先は冒険者ギルド。

 予定外の出費をどうにか補填するため、素材を売って金の工面をしなければ。


「はぁ……早く休みたかったのに……」





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