第10話 正義の味方……?

「用事思い出したから、先に戻ってて」


「竜の宿り木亭」を目前にして、そう声を掛けた。

 リリカさんは不思議そうに首を傾げ、先に宿に戻って行った。

 金貨の入った小さな袋が手に乗せられる。


「必要でしょ? 無駄遣いしないでよね」

「お前が言うな。まあ、使うことはないだろうけど」


 袋から金貨を一枚取り出し、アカネに投げ渡す。


「? これは?」

「キリカに十日分の宿代払っといてくれ。それと、飯は先に食べてていいから」

「……待ってるわよ。すぐに終わるでしょ」


 それだけ言うと、アカネは宿へと入っていった。

 確かにあまり時間をかけるつもりはないけど、多少は相方を心配するとか……ないな。

 そもそも心配されるようなことではないしな。


 一人になった途端、足音と気配が増えた。

 魔法士のアカネを警戒していたようだが、俺にそんな警戒は必要ないらしい。

 人目を避け、人気のない路地裏に向かう。

 俺の後を付けてくる気配は八人。奴らの最初から狙いは俺だった。

 大方ギルドで換金した金とうちの相方狙いってところか。


 建物に囲まれた路地の先は、塀によって閉ざされ通路はなくなった。

 行き止まりで足を止めると、後を付けていた奴らが姿を見せた。

 想定通り人数は八人。全員、防具を纏い武器を携えたガラの悪い男たちだ。

 冒険者と破落戸は紙一重。まさにその言葉通りだった。


「へっへ。自分から人気のない場所に来るたぁ、殊勝な心掛けだな。俺たちが何をしに来たか、わかるだろう?」


 黙って男たちを観察していると、何を勘違いしたのか高笑いを上げる。


「ビビッて声も出せねぇか? そうだよなぁ! せいぜいDランクのガキが、俺たちCランクの冒険者に囲まれて、怖くないわけがねぇもんな!」

「そういうんじゃないんだけど」

「ああ? まあ、いい。とっとと金と女を差し出しな。あんな上玉、お前みたいなガキにはもったいねぇ。俺たちが順番に可愛がってやるぜぇ」


 男たちは下卑た笑みを浮かべ、大笑。

 醜悪極まりない光景に吐き気を感じる。

 さっさと終わらせて、腹を空かせて待っている相方の下へ帰らないとな。

 刀を抜き、構えを取ると男たちの顔つきが変わった。


「あ゛? なんだ、やるつもりか? この人数を相手に?」

「相方の機嫌が悪くなる前に、帰らないとなんだ。あんたたちに構っている暇はないんでね。まとめてかかってこい」

「……生意気なクソガキがっ! 冒険者の怖さを、その体に叩き込んでやる!」


「―――ちょーーーーっと待ったぁぁぁぁぁ!!」


 斬りかかろうとした瞬間、頭上から馬鹿でかい声が降ってきた。

 出鼻をくじかれた気分にイラっとしつつ上を見上げると、声の主は塀の上に立っていた。


「な……っ!?」


 それは初めての衝撃だった。

 こんな人間がいるのかと、目を疑った。


 燃えるような赤と深海のような鮮やかな青の二色に分かれた髪。

 小柄な体躯、幼い顔立ちに似合わぬしなやかに鍛え上げられた肉体美を惜しげもなく晒している。

 そして……いつの日か見た、外国で一時期流行した「ブーメラン」というパンツ。服らしきものはそれ以外に着用していなかった。

 極めつけは、肩から掛けた金色に輝く長いマント。

 人を見かけで判断してはいけないとはわかっていても、今回ばかりは仕方がないはず。


 ……――あれは、変態だ!


「な、何だ、てめぇ! 変な恰好しやがって!」

「俺っちの神々しき姿を理解できないとは! 残念なおっさんっすね! 所詮は愚民。選ばれた俺っちとは比較にもならないっす」

「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ! いきなり出てきて邪魔しやがって」

「一人の少年を相手にこんな……こんな悪行、俺っちがいる限り許さないっすよ! とぅー!」


 クルクルクル―――シュタッ!


「ふっ……決まったっす。俺っち、カッコイイっす……」


 華麗な着地を決めたようで、感極まっている。

 どうしよう……ついていけない。


「ふざけやがって……何なんだ、てめぇは!」


 すると変態は不思議なポーズを取り、名乗りを上げた。


「俺っちの名は、カンター! 正義の味方っすよ! 世界に悪が蔓延る限り、俺っちが正義の名のもとに戦い続けるっす! さあ、悪党ども! 覚悟するっすよ!」



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