第3話 付き纏う過去

 村を離れて数日、街道は穏やかなものだった。

 魔物に襲われることもなく、盗賊に襲われることもない。

 天気も良好。澄み渡る青空が清々しく感じる。


 村を出る際、馬車を出してくれるという話もあった。

 せっかくの好意だが、断らせてもらった。

 首都で厳戒態勢を敷いているという話を聞いて、そんな危ない場所へわざわざ送り届けてもらうわけにはいかない。

 これに関しては、アカネも納得している。


 事前に首都の状況について耳にした話を伝えた上、どうするか訊ねてみた。


「『監獄塔』で脱獄者多数? 首都で厳戒態勢? そんな場所に向かうか否かって? 行くに決まってるでしょ! 大図書館が! 私を! 待っているのよ!」


 アカネにとっては気にすることでもないらしい。

 確実に面倒な事は目に見えてわかっているのだが、それを勝る大図書館の魅力。

 魔法士にとっては聖地のようなものなのだろうか。


 そういうこともあり、俺とアカネは今も並んで歩いているわけだ。

 しかし……――。


「こうも穏やかだと、返って不安になるなぁ……」

「何バカな事言ってるのよ。いつも通り、堂々としてなさい」

「そうは言っても、世紀の大犯罪者たちだぞ? 鉢合わせでもしたら確実に面倒じゃないか。俺は、目立ちたくないのっ!」

「〝無職〟で、最強を目指している人が良く言うわ。何をどうしたってあんたが成り上がれば目立つのは必至。いい加減諦めてどんと目立っちゃいなさいよねぇ~――って、何よ。そんな大口開けて驚いたような顔して」

「…………」

「……まさか、今気づいたとか言わないわよね?」


 まさにその通り。まったく気づいていなかった。気にも留めていなかった。

 女神の恩恵である〝職業〟を持っていることが当たり前の世界。

 より優秀な、より高位な〝職業〟を得ることこそ至高に最上。人の価値とはそうあるべき、というのがこの世界の認識である。

 そのような世界で、〝無職〟の俺が名を上げ歴史に名を残すような偉業を為しては、まず間違いなく注目を集めることだろう。

 目立ちたくないという想いが強すぎて、最も単純な真理を見落としていた。


「……あんた、もしかして阿呆なの?」

「やめろ……それ以上は言うな……」


 そんな、可哀想なものを見るような目で俺を見ないでくれ。

 あまりの馬鹿らしさに、澄み渡る青空を見上げ嘆く。

 ああ……このまま何もかも忘れ去りたい……。


「――――誰かっ!!」


「「!?」」


 切迫する悲痛の叫び。

 届いた声の大きさから、かなり離れているようだ。

 アカネに視線を向けると、言わずもがな魔杖に乗り浮かび上がっていた。


「先行してくれ。すぐに追いつく」

「ジンが来る前に全部終わらせるわ。どうやら盗賊みたいだからね」


 そう言って、アカネは飛んで行った。

 俺も全速力でその後を追いかける。


 駆け出してから数分後。


「「「ぎゃぁぁぁ!!」」」


 男の悲鳴が聞こえた。

 どうやら俺の出番は無さそうだ。

 ようやく視界に深紅の魔法士姿をしたアカネの背が見えた。

 アカネの言葉通り、数台の馬車が盗賊に襲われたようだ。

 護衛らしき騎士の数人が怪我をしているを見ると、奇襲への対応が遅れたように思う。

 油断していたのだろうか。


 近づいてくる俺の姿を見た騎士が剣を構え、警戒を露わにする。


「遅かったじゃない。もう終わったわよ」

「見ればわかる。出番が無くて残念だよ」


 アカネの軽口に応対し、状況を確認。

 怪我人はいるが、死者は無し。全員無事みたいだ。

 騎士の一人が礼を取り、アカネに向かって頭を下げた。


「助太刀、感謝する。魔法士殿のおかげで皆無事に命を繋いだ。この恩は必ず」

「気にしないで。通りがかっただけだから。それにしても、随分と豪勢な馬車ね。首都に向かっているみたいだけど、大丈夫なの?」

「我が国の現況をご存じだったか。確かに、未だ首都は混乱の最中。だが、そうだとしても我々は普遍の生活を続けなければなるまい。平穏な日常を保つことに意味がある。我々連合騎士の誇りにかけ、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない」

「そ。特に興味はないけど、頑張って」


 なんて辛辣な。

 あまりの物言いに騎士も唖然としているじゃないか。

 それよりも、この馬車どこかで見たような……。

 記憶を辿っていると、馬車の中から一人の少女が顔を出した。

 そして俺の顔を見ると、驚愕の表情で呟く。


「――アラン、バルド……?」


 その声を耳にした瞬間、背筋に悪寒が走る。


 ああ……いくら忘れ去ろうとも、忌まわしい過去は呪いのように付き纏うらしい。

 俺個人の記憶をいくら捨て去ろうが、簡単には消えてくれない。


 全くもって――吐き気がする。


 金の髪を二つに結んだ淡い色のドレスの少女。立ち振る舞いから高貴な雰囲気が感じられる。

 名をラニアステリア・フィニーシス。フィニーシス伯爵家長女。


 俺と同じ年で、侯爵家時代の―――元婚約者だ。




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