幕間 危険なアイテム

 これはパーティーを結成してから少し経った、ある日のこと。


 アカネは用事があると言って、単身宿を出た。

 対して俺は、特に用もなく暇を持て余していた。

 日課である朝の鍛錬も終わり、何をして時間を潰そうかと頭を悩ませている。

 アカネとパーティーを結成してから、行動はほとんど同じ。依頼、買い物、果ては鍛錬までも。

 こうして一人になるのは久方ぶりのことで、修行修行の毎日だったせいか、この何の予定もない時間に何をしていたのか分からなくなってしまった。


 やはり刀を振っている方が……いや、時には休息も必要。

 なら、市場に足を運ぶのも悪くは……そういえば、財布は共有。今はアカネが所持しているから、無一文だ。

 暇な時間とは、こうも退屈なものだったか……。


 諦めて宿のベッドで眠ろうと思った時、ふとあるアイテムの事を思い出した。

 マジックバッグの中を漁り、小さな瓶を取り出した。

 注射針付きの赤い液体が入った瓶。

 アカネ曰く、この赤い液体は何かの血液だそうだ。


『私、血液を見れば大抵わかるのよね~。鮮度とか色々と。その血液……珍しいわね。かなりの魔力が籠っているわ。魔物だとより上位の……なんでそんなもの持っているのかわからないけど、血液なら私がもらうわよ?』


 誰がやるものかっ。

 これは師匠から渡されたもの。他人に譲ることなどできるはずもない。

 しかし、師匠からはできれば使うなと言われている。

 これが血液だというのなら、師匠は何を危惧しているのか。


 ……気になる。


 好奇心が抑えきれず、俺は宿を飛び出した。

 人に見られないよう、未探索領域手前の森の奥まで足を運び、指の上に瓶の血液を一滴垂らす。

 注射針を使ってしまえば加減が難しいが、一滴程度ならもしかしたら何も起こらないかもしれない。

 楽観的な調子で、指に乗った血を舐めた。


 そう――確実に油断していた。


 ドクンッ――――!!


「ぐっ……!?」


 体が燃えるように熱い。

 心臓が早鐘を打ち、だんだんと息苦しさを感じ始めた。


「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」


 胸を抑え、地面に膝をついた。

 鼓動は鳴りやまず、自分の体が発火しているかのような感覚。


 そして


「あ――――」


 次に目が覚めた時、そこから先の記憶はなかった。




 ◇◇◇



「――目が覚めたのね」


 目を開けると、視界に広がるのは宿の天井。

 声の主は、相方のアカネ。ベッドの側に腰掛け魔法書を読んでいた。

 心配そうな瞳には少しの呆れが混じっている。

 一体何が……?


「覚えてないの? あんた、森の中で倒れてたのよ。何をしてたか知らないけど、あんな森の奥で倒れるなんて……心配したんだからねっ!」

「……わ、悪い」

「ふんっ。まあ、いいわ。それより本当に覚えてないの?」

「……ああ、全く」

「はぁ……。あんたが倒れてたとこ……まるで何か凶暴な魔物が暴れた後みたいに荒れ果ててたわ。キラーグリズリーがあんな引き裂かれて……ほんと、何してたのよ」

「確か、瓶の中身が何なのか気になって……それで……」

「もう。気を付けなさいよね。私の相方なんだから、私の知らないところで勝手に死なないこと。約束よ?」

「いてっ」


 そう言うと、アカネは細い指で俺の額を弾き、いたずらっぽく小さな笑みを浮かべた。




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