第29話 次の旅路へ
結果として、街に被害はなかった。
雷鳴が轟き、怯えて各所へ逃げ出した魔物に襲われた騎士が、多少怪我を負ったようだが、どれも軽傷の上魔物も追い払うことには成功している。
危機は完全に去り、冒険者たちは街を守り切ったのだ。
ただ、無傷とは言えない。
数人ほど、身体に欠損が生じるほどの大怪我を負った者も中にはいた。
彼らの傷の治療に関して、ギルドも負担してくれるようだが、それでも完治にはかなりの金額がかかるらしい。
治療するにも王都の聖堂教会まで行かないといけない。
治るまでに金と時間を費やすことになるのだが、重傷を負ったどの冒険者も笑みを浮かべ口々に言う。
「冒険者として仕事を全うできた。後悔はない」と。
彼らにとって冒険者とは、生き様そのものである。
俺も胸を張ってそう言えるようになれたら……そう思わせてくれる彼らの在り方が、眩しく感じた。
「――聞いてますか、ジンさん?」
おっと。
そう言えば、今お説教を受けている最中だった。
それも当然。
俺とアカネは、命令無視による持ち場を離れての独断行動。それだけに終わらず、たった二人で敵の本拠地を襲撃する暴挙。
黒幕の研究者を連れ、無事に帰還したからいいものの、一歩間違えば命を失っていたかもしれない蛮勇に、シーナさんはお怒りだった。
ヘロヘロな俺、手首に切傷と血の跡を残し背負われているアカネ、気絶し引きずられる研究者のマジルカの姿を見たシーナさんは、血相を変え手の空いていた冒険者を引き連れ俺たちの下へ駆け寄ってきた。
それからある程度の事情を説明し、とりあえずギルドでゆっくり話を伺います、と言ったシーナさんの迫力ある笑顔には逆らえなかった。
そして目覚めたアカネと眠気に負けそうな俺は、シーナさんの前で正座をさせられすでに二時間。
いかに心配させたのか、延々と語り聞かされていた。
「し、シーナ、わ、わかったから、そろそろ……」
「いいえ! この際だからはっきりと言わせていただきます! お二人は無茶をし過ぎなんです! いつも依頼の討伐数を超える猪、黒犬狩り。それに加えたまたま遭遇したからと熊さえ狩り、あまつさえ独断専行で敵の本拠地に乗り込むだなんて……っ! お二人が強いのは分かってます! ですが、無茶ばかりしないでください!」
腰に手を当て頬を膨らませるお怒りのシーナさん。
瞳には少し涙が溜まり、握った拳は震えていた。
そんな様子を目にしては、何も言い返すことはできない。
俺とアカネは目を合わせ、深々と頭を下げた。
「「心配をかけて、ごめんなさい……」」
「わ、わかってくれればいいんです……。お二人とも、しばらくは大人しくしていてくださいね。特にアカネさん。その手首の傷が塞がるまでは依頼も禁止ですからね!」
「はいはい、わかってるわ。しばらく何もしないから」
アカネの左手首には、真っ白な包帯がグルグルに巻かれている。
治癒系の魔法士は常に人手不足。それに下級の治癒魔法では、アカネほどの傷を一瞬で治すことはできない。
より高位の治癒魔法を受けるには、大きな都市か三女神教の総本山である聖王国の聖都に行かなくてはならない。
あれだけ聖王国に憎悪を抱いているアカネが聖都に行くはずもないだろう。
この街でゆっくりと療養していると良いさ。
シーナさんのお説教が終わり、解放された俺たちはそのまま宿へ向かっていた。
もう日も暮れ始めた時間。空はオレンジ色に染まっていた。
「――あ、そうそう。俺、もう少ししたらこの街から出るから。パーティー解消ね」
そう言うと、アカネは「こいつ何言ってんの?」みたいな顔をした。
何もおかしなことを言ったつもりはないのだが……そんな目で見られると傷つくわぁ……。
「ちゃんと聞こえなかったわ。もう一度。はい」
「いや、だから……俺街から出るしパーティー解消しなきゃなって……」
「はぁぁぁぁぁ……」
深すぎる溜息。
「アンタ、馬鹿なの? パーティー解消する理由がどこにもないじゃない」
「は……? 俺は街から出る。アカネはこの街が拠点だから残る。パーティー解消だろ?」
「そもそも私、この街を拠点にしてるつもりないから。そこ勘違いしないで。だから――私も一緒に行くわよ」
「いや、療養……」
「そんなもの、私が大人しくしてればいい話じゃない。旅するくらいどうってことないわ。そういうわけだから。はい、決定~」
俺に決定権というものはないのか……。
項垂れていると、アカネが一歩前に出て振り返り、綺麗な笑みを浮かべ告げた。
「――ずっと一緒にいてくれるんでしょ? 約束、守んなさいよね」
魔女帽から零れ落ちた紅い髪が夕日に照らされ、美しく彩られていた。
あまりの美しさに思わず見惚れ――はっ!
「? 何よ、急に黙りこんで」
「な、何でもないからっ……」
「ふーん。それで、どこに向かうつもりなの?」
「ああ、連合王国の王都周辺に凄腕の剣士がいるらしくて……――」
夕日を背に、二人並んで歩く。長く伸びた影が寄り添っているような錯覚。
胸に芽生えたこの気持ちに、今はまだ名前を付けるつもりはない。
この想いは、心の奥底に仕舞っておこう。
いつか、俺が俺を認めることができたとき、もしかしたら――。
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