第26話 迷いと覚悟
つぎはぎの体に、獣のような唸り声。まさしくあれは魔物だ。
あまりにも歪で、おぞましい存在。命を冒涜している。
人のように二本の足で立つ姿に惑わされてはいけない。あれを野放しにすることはできない。私たちがここで、始末をつける。
そう息巻いては見るものの、人型キメラが姿を現してから隣に立ちジンの顔色が変わった。
怯えているわけではない。無表情で何を考えているか分からないわけでもない。
彼のキメラを見る目には、怒りと悲しみ、そして憐れみのようなものを感じた。
私はジンに耳打ちした。
「ねぇ、どうするの? もう一度姿を消して奇襲でも仕掛ける?」
「……いや、見切られてるあいつには通用しない。察知された時点で魔法は解けているんだ。今さら姿を隠したところで意味はないよ。なら……」
「正面から堂々と、ね。いつも通り行きましょうか」
「ああ。――何があっても、動揺するなよ」
「? ええ。分かってるわ」
言葉の意味はよくわからなかったが、頷く。
ジンは刀を構え、キメラに向かって駆け出した。
全てを相手取ろうとはせず、三体のキメラに小さな攻撃を繰り返し、離れていく。
背を向けたジンを追いかける三体のキメラが、大樹の下から離れた。
残った二体のキメラは、私の担当だ。
杖を構えると、キメラが主を守るように立ちはだかる。
「へぇ。ちゃんと制御できてるのね。それは評価してあげるわ」
「随分と上から物を言ってくれるな。最上位職を得ているからと調子に乗らないことだ。世界を知らない小娘に何ができる」
「引きこもってばっかのあんたよりは世界を知っているわよ。諦めて投降するなら、手加減してあげるわ」
「ハハ……ハハハハハ!! 滑稽だな! 完全優位である私が命乞いをするとでも? 笑わせるな! 憐れな小娘に私が一つ教授してやろう」
話し方も態度も気に食わない。私はマジルカと名乗った研究者に向け、炎槍を放った。
捻り回転を加えた炎槍は、両手を広げた二体のキメラの魔法障壁によって相殺された。
……待って。魔法障壁? 魔物が?
「人の話はちゃんと聞くものだ。さあ、娘。今のを見て疑問に思ったことだろう。何故、魔物であるキメラが魔法障壁を使えるのか、とな。知性の無い魔物が魔法障壁を張ることは不可能。魔法障壁を生み出せるのは、女神の恩恵を受けた人間、そして先住の民である魔族の系譜に連なる者のみ。であれば、彼らは何か。君はわかるかね?」
マジルカの言う通り、魔物に魔法障壁を張れるわけがない。
魔物は魔力を持つが、知性を持たない魔物が扱えるものではない。より上位の、人語を解すほどの知性を得た魔物レベルでなければ無理な話だ。
なら、あのキメラは? 魔物として例外ということも考えられる。人が生み出した魔物に知性が宿る可能性……否定はできないが確実性に欠ける。
それなら……あのキメラは、もしかして……。
「あんた……なんてことを……っ」
「どうやら答えに辿り着いたようだね。そう! 私は人を素体にキメラを合成したのだ! 結果は素晴らしいものだよ。人としての知性を残し、魔物の力、本能を植え付けた。その上、女神の恩恵もある。人が魂に刻み込まれた奇跡の御業を扱えるキメラだなんて! 私は天才だ! こんな素晴らしいキメラが、私の言う通りに動き、世界に躍進する! さあ、称賛を! 歴史に名を残す偉業だぞ!!」
……狂っている。
人の尊厳を踏みにじり、あまつさえ命を弄んだ成果に、誰が称賛を送るものか。
「……ふざけるな。人の命を、何だと思ってる……っ!」
「崇高な研究の礎となったのだ。彼らも喜んでいることだろう。そして君に問う。――人を殺す覚悟はあるか?」
「……そんなものが、人だと? 私は認めない!」
「では、〝人〟の定義とは?」
「は……? 何を言って……」
「私と君は間違いなく〝人〟だろう。二本の足で地面に立ち、言葉を介して意思疎通を図る知性を持った生命体。周囲から見ても〝人〟だと認識されるさ。なら、彼らは? 我々と同じ形をし……まあ、言葉を発すことはできないが人間らしい知性を宿している。姿が変わったとして、今なお彼らは自分の意志というものを持っている。であるならば、彼らも〝人〟と言えないかね?」
「屁理屈を……っ」
「事実に則して話している。定義上で言えば、彼らは間違いなく〝人〟だよ。それを踏まえて改めて問おう。君に人を殺せるかい?」
人を殺す……そんなの、覚悟なんてとうの昔に決めた。
……いや、私が殺したいほど憎んでいるのは、聖王国の人間だけ。
それ以外の人を殺したいだなんて、思ったことはない。
なら、私が彼らを殺したら……わたしは…………。
「――――迷うな!」
「っ!?」
離れた場所で、三体のキメラを相手にしているジンの声。
雁字搦めになっていた思考が一瞬にして晴れた。
「相手が魔物だろうが、人だろうが、関係ない! 進むと決めた道の邪魔をするなら、全て敵だ! 斬って捨てろ! 焼き払え! それで誰かがお前を人殺しだと非難しようと、俺がいる! ――二人一緒なら、最強なんだろ?」
……ジンと出会えたことは、私にとって人生最大の幸運だ。
彼の言葉一つで、私の心はこんなにも軽くなる。
「……ええ、そうよ。私たちが一緒なら、最強なんだから!」
覚悟は決まった。
懐から取り出したナイフで、手首を切った。
傷口からとめどなく血が溢れだす。
突然の奇行に、マジルカが表情を変えた。
「突然自傷するとは、滑稽。気でも触れたか?」
何とでも言いなさい。
私の……〝魔女〟の力を見せてあげるわ!
「――〈縛血牢〉」
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