第25話 狂喜
激しい戦闘音が小さく聞こえる。冒険者たちの戦場からかなり遠くまで来たようだ。
周囲には奇妙な静けさが漂っている。
「変な空気ね……。生き物の気配があまり感じられないわ」
「集めた魔物は全部森の外へ向かったんだろう。もう少し先へ行ったら、神官の話にあった地点だ。一応確認しておこう」
森で遭遇した二人の女神官。
彼女らが魔物を目撃した地点は、ひと際大きな樹を中心とした何もない空間。
陰気な森の中に生まれたポケットスペース。そこだけまるで別世界のようで、印象的だったらしい。
森の中で数百を超える魔物を集められるほどだ。かなりの広さがあるだろう。
良くも悪くも目立ってしまう。何故そんな場所に魔物を集めたのか。
「難しいことは後! 今は馬鹿な研究者を見つけることだけ考えなさい」
「わかってるから、頬をムニムニするな」
「抜群の触り心地よ。ムカつくぐらいにねっ!」
「痛っ!? ……もう少し緊張感というものを持ってくれ」
「そんなものいらないわ。何があっても、私は魔法を放つだけ。あなたはただ斬るだけ。いつも通りよ」
いっそ清々しいほどに、彼女の思考は単純だった。
気負いはしない。だが、侮るわけではない。
それが、アカネという魔法士だ。
そういう部分は見習いたいと
「――待った」
視線の先に光を捉え、アカネを制す。
目的地を前にして人の気配を感じ取った。
この先に、誰かいる。それも複数人だ。
「……協力者か? それは想定外だったな……」
「どうする? とりあえず魔法で……」
「様子見に決まってるだろ。アカネ、一応隠蔽を」
アカネの魔法で、気配や姿を消してもらう。万が一感付かれないために。
ポケットスペースの端にある幹の太い木に体を隠し、中を覗いた。
聞いていた通り、中心に大樹。周囲の地面は雑草が生い茂り、空を覆う木が無い故か太陽の光が差し込む。
なるほど、確かにこれは別世界のようだ。
何とも穏やかな光景。危険な森の中に生まれた安息所のように思えた。
そしてこの中に目的の人物が――。
「――見つけた」
大樹の下、白衣を纏った男が筒を覗き込み興奮気味で暴れまわっている。
徐々に男に近づき、声を拾う。男はかなり大きな声を出していた。
「――素晴らしい! 私の望んでいた通りだ! 苦痛に喘ぎ、絶望に歪む顔。どれほど戦おうと、終わりの見えない地獄に憔悴していく心。ああ……滑稽なり。全て私の研究が完璧だった証明である! 愚かな研究者共も、驕り高ぶった冒険者も、無意味な正論を振りかざす騎士も、私の研究成果の前には無力! 愉快愉快!!」
狂喜乱舞。
男の気持ち悪い笑みと小躍りが不快に感じた。
この不快感に耐え切れず、隣の相方は魔法を紡ぎ始めた。
「お、おい!?」
「あんなの、生かしておく価値なんてないじゃない」
そう呟き、アカネが魔法を放とうとした瞬間――視線が交錯。
研究者は、俺たちの存在に気付いた。
「おやおや。私の領域に侵入するとは。勇敢と称えるべきか、愚かと嘲弄すべきか。魔法で姿を隠しているようだが、全くの無意味! 私にはこの、深淵視鏡があるからな! これは、君たちの受けた〝職業〟を覗き見ることができる優れもの! どれほど策を弄しようとも、無駄であると知りなさい!」
何も聞いていないのに勝手に語りだす。こうもぺらぺらと自分の情報を曝け出すものかと、疑問を抱いてしまう。
男は、眼鏡越しに俺たちの観察を始めた。
「ほうっ! ほうほう……これは傑作だ! 最上位職〝魔女〟と女神に見放された〝無職〟が共に行動しているとは! 愉快極まれり! こうも面白いものを見せてれるとは、返礼をしなければなるまいな! うむ、では。私はマジルカ。世界最高の魔物研究者であり、〝キメラ〟製作者である! 我が名と最高傑作を冥府の土産とするがいい!」
マジルカの声で、大樹の裏から五体のキメラが姿を現した。
どれもつぎはぎのような見た目で、気味の悪さを感じさせる。
何より気になるのは、キメラが人型であることだった。
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