第24話 魔物大行進

 地を揺らす怒涛の足音が、森の外へと近づいてくる。

〝魔物大行進〟は目前へと迫っていた。


 冒険者たちに緊張が走る。

 想定したよりも足音は多く、数が増えていると推測された。

 誰かの呟いた言葉が、伝染する。


「……怖い」


 恐怖に支配された心は、動きを鈍らせる。

 一度呑み込まれてしまえば、簡単には戻らない。

 冒険者たちの心は、徐々に恐怖に呑み込まれ……


「――臆するな!」


 力強く一喝する女性の声。

 その声は、後方から届いた。

 誰よりも彼らを知り、誰よりも彼らの活躍を見てきた、シーナの声だった。

 杖を握る手は震えている。それでも視線は常に前を見据えている。


「あなたたちは誰よりも魔物と戦ってきた。誰かのため、お金のため、名誉のため。何でもいい。あなたたちの力は今、必要とされている。持てる力の限り戦ってください! 今街を守ることができるのは、あなたたちだけなんですから!」


 震える声の、叱咤激励。

 弱々しくも、彼女の想いはその場に立つ冒険者の心に届いた。

 彼らの瞳に火が灯る。見据えるは前のみ。


「来るぞ! 魔法士たち、準備しろ!」


 第一陣が、森を抜けた。

 先頭を進むはイビルレッドボアとブラックドッグ、そして子供サイズのゴブリンだった。

 魔物たちに統率はない。本能のままに突き進んでいる。


「――放て!!」


 その声を合図に、魔法士たちは紡いでいた魔法を発射。

 先頭を走る魔物と最前線の間に着弾し、魔物の足を止める。


「今だ! かかれぇぇぇぇ!」


 指揮官に合わせ、吶喊。

 最前線の冒険者たちは、武器を手に駆け出した。

 魔物と冒険者入り乱れる混戦状態。魔法士たちは支援に回った。

 後方待機組は、前線が討ち洩らした魔物を倒し、魔法士の下への侵攻を防ぐ。


 押し寄せる魔物の波。森の奥からどんどんと溢れだしてくる。

 長い戦いになりそうだ。


 ふとシーナは辺りを見回し、あることに気づく。


「あれ……アカネさんとジンさんは……?」


 見当たらない〝無銘〟の二人。

 本来Dランクの彼らは、後方組の中にいるはずだが。

 特に目立つ二人だ。見落とすはずがない。


「え、嘘……どこ行ったのあの子たちは……っ!?」


 一人慌てるシーナ。

〝無銘〟の行動が、戦局を大きく左右することを誰も知らない。




 ◇◇◇



 冒険者たちの雄叫びが、薄暗い森の中に木霊する。

 大量の魔物が森の外へ向かっていくのを、目視で確認できた。

 見たところ、今はまだ大物はいないようだ。


「……始まったな」

「そうね。私たちはどうするの?」

「魔物と反対方向に向かう。首謀者が研究者なら、安全な後方で高みの見物をしているだろうさ」

「自分の周りに強い魔物を置いて?」

「ああ。自分の作ったキメラは確実に横に置いてるよ。それ以外は捨て駒、って感じかな。冒険者が疲弊したところで、ホブゴブリンやオークを投入。まあ、一番確実で安易な作戦だから、頭のキレる軍師ならこんなことはしないさ」

「戦闘に関して素人の研究者だからこそ、ってわけね。分かってるなら、皆に教えてあげればいいのに」

「〝無職〟の話に聞く耳を持つのは、どこかの変わり者の魔法士か有能な受付嬢くらいだよ」

「……変わり者の魔法士って誰の事かしら~?」


 それくらい自覚はあるだろうに。

 この世界で、〝無職〟なんて下に見られて当たり前。

 そんな男をパーティーメンバーに選んだ時点で変わり者だ。

 ……まあ、俺としては彼女の存在には助かっているが。

 こんなこと本人には口が裂けても言えない。言うつもりもない。


「とにかく。後方、もしくはどこか離れた森の中から冒険者たちの奮闘を見ているはずだ。俺たちはそれを探すぞ」

「黒幕の研究者を見つけたらどうする? ――殺す?」


 不意の殺気。

 何をどうしたら、ここまでの殺意を持つことができるのか。

 そこらの木に止まっていた鳥が一斉に飛び立っていったぞ。


「……生け捕りに決まってるだろ。貴重な情報源を殺そうとするな。魔物は一切生かす必要はないけどな」

「ふーん。じゃあ、久々に暴れるとしましょうか」


 殺意やる気十分のアカネと伴い、さらに森の奥へと進む。





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