第16話 決着

「……い、今、何が……?」

「わ、わからねぇ……。気づいたら、カインの奴の鎧が……」

「あ、あの〝無職〟の小僧が何かしたのか……? そんなの信じられるかよっ!」


 周囲の冒険者たちから、口々に困惑の声が上がる。

 ここにいる誰も……いや、端の方で隠れて見ていたギルドマスター以外の誰もが、ジンの攻撃に気づかなかった。

 私も例外なく……。

 シーナの合図が聞こえたと思えば、瞬間、カインセルの鎧が崩れ落ちる音がした。

 当のカインセルでさえ、何をされたか理解できていない。

 そう考えると身が竦む。ジンにその気があれば、カインセルは息もしていないことだろう。

 これが、本当に〝無職〟なの……?

 こんな力を持つ彼に、何故女神は恩恵を与えなかったのか。不思議でならない。


 周囲の声を聞き、冷静さを取り戻し状況を理解したカインセルは、わなわなと唇を震わせ紅潮した顔で怒鳴り散らす。


「……ふ、ふざけるなっ!! こんなもの、不正に他ならない! 〝無職〟のガキが何故こんな……っ! 貴様、この期に及んで卑怯な手をっ! 恥を知れ!!」


 敗北を認めず、喚き散らす。

 恥も外聞もあったものではない。

 呆れた表情で深い溜息を吐きながら、ジンは淡々と告げた。


「何されたかもわからないくせに、よく卑怯だなんて言えるな。武器も鎧もなくなっているというのに、敗北すら認められないと? 呆れを通り越して笑えてくるよ」

「き、きさっ…………貴様! 許さんぞ!!」


 怒り心頭となったカインセルは、腰に提げた短剣を抜き、ジンへ突撃敢行。

 魔力による身体強化も施し、全力でジンを殺しにかかる。

 ジンは、相変わらず飄々としたまま身を翻すのみ。

 短剣をひらりと躱し、カインセルは足を掛けられ盛大に顔面から転倒した。

 周囲からクスリと笑い声が漏れる。

 羞恥でさらに顔を赤く染め上げたカインセルが、怒りの雄叫びを上げジンへ短剣を投げた。


 不意打ち気味で投げつけられた短剣も、全く効果なし。

 軽々と短剣の柄を掴み取り、余裕の表情を浮かべ手で弄ぶ。


「ふーん。この短剣は悪くないな。さすがBランク冒険者様。良い物使ってるな。……それで? 気は済んだ?」

「っ!? ば、馬鹿にしおって……。――受付嬢!! 明らかなる不正だ! やり直しを要求する!!」

「ひぇ!? わ、私に言われても困る、というか……そもそも〝無職〟のジンさんがどんな不正を働くのでしょうか……?」

「そんなもの私が知るわけないだろう!! 貴様もこの男の肩を持つのか!? それでは公平とは言えない! 他の審判役を呼び、やり直しだ!!」


 ……暴論にも程があるだろう。言っていることが無茶苦茶だ。

 周囲の冒険者も呆れ果て、こいつは何を言っているんだという表情をしている。

 この場で、カインセルの味方をするものは誰一人いなかった。


「――これ以上は見てられないかな。君の負けだよ、カインセル君」


 声に気づくと、シーナの隣に優し気な笑みを浮かべた男性が立っていた。

 その男性はギルドマスターである、エドウィン。

 金色の美しい長髪で整った顔立ち、少し耳の尖ったハーフエルフ。そして元Sランクの冒険者だ。

 エルフの血を引いていることもあり、見目は二十かそこらだが、実年齢は百を超えているという噂。真相は謎に包まれている。

 そんな彼がこうして出張ってきては、カインセルも何も言えないだろう。


「ギルドマスター! 見ていましたか!? 彼は神聖なる決闘で不正を働きました! 慈悲深き私は、彼の罪を問いません。ただ、決闘のやり直しを」

「もう一度言おうか。君の負けだ、カインセル・フュレーン」

「……な、何を言って……あの男は不正を……」

「ジン君は不正などしていない。特殊な移動術と巧みな剣技によって君の武器を打ち砕いた。そこに不正などありはしない。まあ、ここにいる大半は見えてなかったみたいだから、不正と言いたくなるのもわかるけどね」

「で、では!」

「だが、僕はしかとこの目で見た。それに……決闘の内容は何だったかな、カインセル・フュレーン?」

「そ、それは……っ」

「確か……互いの命、を賭けていたよね? しかし、君はこうして生きている。それは偏にジン君が優しかったからに過ぎない。命を賭けはしたが、彼は勝利したにも関わらず君の命を取らなかった。これでは決闘は成立せず、勝者であるジン君に利が無い」


 一呼吸置き、ギルドマスターは懐からギルドカードを取り出した。

 カインセルが顔色を変えているところを見ると、おそらくそのカードはカインセルのものなのだろう。

 そう言えば、決闘前にシーナが二人のカードを預かっていたのを見た気がする。


「そこでだ。君の冒険者の証を剥奪することにしたよ。そうすれば、冒険者としての君の命は終わったことになる。これからはただの平民だ。穏やかに生きるといいよ」

「そ、そんな……」

「ああ、それと。君のパーティーメンバーたち。そう、彼女たちに付けていた『隷属のピアス』は既に破壊させてもらった。隷属の力を持つ魔道具の使用は違法だ。君を騎士団に引き渡すことになっている。大人しくついてきてもらおうか」


 ギルドマスターがパンパンと手を叩くと、どこからともなく奇妙な恰好をした人がカインセルを拘束し、外へと連れ出していった。

 ギルドマスターはジンの肩に手を置き、何かを呟くと彼らの後をついていく。

 

 なんやかんやあったが、ジンの決闘は圧倒的な勝利で終わりを迎えた。





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