第9話 復讐の矛先

「それで、聖王国の神官さんたちがどうしてこんなところにいるんだ?」


 憎悪の眼差しで睨みつけたままのアカネと、怯え切っている神官の間に立って訪ねた。

 彼女らが目も合わせてくれないのは、俺の後ろにいる怖い相棒のせいだろうか。

 だとしたら、先にすることはこっちだ。


「……アカネ、あんまり睨んでやるなよ」

「……ジンは何も知らないから。こいつらは、〝悪〟よ。助ける必要だって――」

「それ以上口にするなら、さすがに怒るぞ」

「っ……」

「アカネと彼女たち、もしくは聖王国との間に何があったかなんて知らないし俺から聞くつもりもない。だけど、その憎しみの矛先は彼女たちなのか? 大した荷物も武器も持たず、着の身着のままこんな森の中何日も歩きボロボロになった彼女らが、今お前が復讐すべき相手なのか?」


 そう問いかけると、アカネの心に動揺が生まれた。

 アカネは聖王国、ひいてはそれに連なる誰かを憎んでいる。その憎しみが濃密な殺意になるほどに。

 だが、それは不特定多数の聖王国民じゃない。

 復讐するな、とは俺が言えることではない。俺も一度は考えたことがあるから。

 それでも、その復讐と関係のない誰かまで巻き込んではいけない。それはただの殺人者だ。

 パーティーを組んだ仲間として、彼女を殺人者にしないよう俺がストッパーになってやる。

 アカネはきつく手を握りしめ、必死に感情を押し殺す。


「……頭を冷やしてくるわ。あとは任せていい?」

「ああ、終わったら呼ぶ。……俺は、アカネが笑っていてくれた方が良いよ」

「っ!? へ、変なこと言うな、ばかっ!」


 怒っている女の子にはこう言うと良い、と教わったのだが……余計怒らせてしまった。

 顔を赤くしたアカネが、離れていく。


 アカネの機嫌は後でどうにかするとして、優先すべきは今なお怯えている神官たちだ。

 改めて見てもひどい恰好だ。ここまで来た苦労が目に見えてわかる。

 膝を曲げ、二人の神官と視線を合わせる。


「その服、下級神官かな。憔悴している様子を見るに逃げて来たってところか。三女神教の総本山たる聖王国で何があった?」

「……あ、あなたの言う通り、わ、私たちは、逃げて来たのです。私は〝治癒術師〟。この子は〝光魔士〟の恩恵を女神さまから与えられ、念願叶い神官となりました。しかし……」

「あ、憧れの大聖堂内部は、欲望渦巻く魔窟でございました……。み、禊と称しか、体を差し出せと……」


 ……正直、想像していたほどじゃなかった。

 もっと、政変とか魔族に侵略されたとか、それくらいの一大事だと思った。

 三女神教は世界最大の宗教だ。その司教や大神官ほどの地位になれば、それこそ一国の伯爵ほどの富と権力を持てる。

 そうして金と権力に溺れた人間は、自分の欲を満たすことを優先するようになる。

 より醜悪に、より狡猾に。

 少し考えればわかることだが、純粋無垢な彼女らにとって、それだけ恐怖を感じたのだろう。

 国へ帰れと言うつもりはない。街まで案内して、あとのことはギルドにお任せしよう。

 彼女らがどう生きるかは、本人の意思次第だ。

 空を見上げる。日は沈み出し暗闇が青空を覆い始めた。


「もうすぐ夜になる。俺たちも帰るところなんだ。近くの街のギルドまでは案内するよ。そのあとは、あなたたちの好きにしてくれ」

「あ、ありがとうございます!」

「ああ……この奇跡のような出会い。女神様に感謝を……」


 急に祈り出した神官たち。

 とりあえず、アカネを呼ぶことにした。


「アカネ。話は終わったから帰ろう」


 そう呼びかけると、近くの木の陰からむすっとした顔のアカネが出てきた。

 何故むくれているんだ。そして、何故俺を睨む。


「? どうした?」

「……べつに、何でもないし……」


 プイッっとそっぽを向いてしまう。

 むくれたまま、杖に腰掛け俺の頭上を旋回する。

 そして帰り道。一人の神官が思い出したように呟いた。


「そういえば、ここに来る途中に魔物が集まっていましたが、あれは一体……」


 神官の呟いた言葉が、頭から離れなかった。






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