第7話 冒険者の仕事
「おーい。そっち行ったぞ」
「はいはーい。それじゃあ、ほいっ」
アカネが杖を振る。
地面に仕掛けた罠が発動し、数体の巨大な赤猪を串刺しにした。
肉や素材になりそうな部分を傷つけることのない、精密な魔法制御。
自分で言うだけのことはあって、アカネはかなりの実力者だ。
「ふぅ。二人でやるとこんなに楽なのね~。ここに座ってるだけでいいなんて、ジン様様だわ~」
「……俺の負担が大きすぎる気がするんだが」
パーティーを組んで数日、互いの相性を確認するためアカネのランクに合わせ討伐依頼を数件受けていた。
今日はイビルレッドボアという赤猪の魔物。最低討伐数は十だが、すでに二十は討伐している。
俺が赤猪を捜索し、わざと追いかけられる。ある程度引き付けたところで、赤猪の牙を折りアカネがいる方角へと逃げるよう仕向ける。
すると、アカネが座る木の枝の真下を通る瞬間、アカネの魔法が発動し赤猪を串刺しにする。
安心安全な討伐法。画期的ね、とはアカネの言葉。
「どこが安心安全なんだ? 俺の危険が大きすぎるだろ」
「何よ。非力な女の子に、猪に追い回されろー、とか言うつもり? 薄情な男ね」
「……正直俺一人なら、もっと早く同じ数討伐できた」
「あー! またそういうこと言うんだから! パーティーなんだから、それらしい戦い方があるの。ジンも納得したじゃない」
アカネは木の上で足をぶらぶらさせ、不満を表明。
確かにアカネの言葉に納得はしたが、戦い方に問題があると思う。
何故こうも回りくどいことをしなければならないのか。
猪なんか、俺が首を落とせば済む話。
「チッチッチ。そういう問題じゃないのよ。冒険者は常に万が一を考えるの。何よりも優先すべきは自分たちの命の安全。確かに一人の方が早いし楽かもしれない。でも、万が一のことがあった時、そういう場合は二人の方が絶対に生き残れる可能性は上がる。もっと冒険者について学びなさーい」
「はいはい。分かってます。もう何回も聞いたから」
「むっ。その態度気に入らないわ。もっと私の言葉を大事にして!」
「してるって……」
こうして行動するようになってわかった。
彼女はかなりの我が儘な子だ。
すぐ怒る、すぐ拗ねる、すぐ不機嫌になる。あーしてこーしてとすぐ要求してくる。
はっきり言ってかなりめんどくさい……。はぁ……。
「……今、めんどくさい女って思ったでしょ?」
「……いや」
「いいもん。どうせ私はめんどくさい女ですよーだ」
ぶすっと唇を尖らせ不貞腐れる。
今日も帰ったらご機嫌取りに奔走しなくてはならないな。
そんなアカネだが、ふとしたときに変わった表情を見せることがある。
どこか遠くを見つめながら口を閉ざし、激しい憎悪に満ちた目を向ける。
彼女の過去に何があったかは知らない。
だが、こうも楽しそうに過ごしている彼女があんな憎しみに囚われた眼をするなんて、かなりのことがあったんだろう。
あの表情を見てしまったからには、彼女を独りにしてはいけない気がした。
なら俺は、彼女が自分から話そうとするまで、知らないふりを貫くだけだ。
何も知らないまま、彼女の隣にいよう。それでアカネの心が休まるのなら悪くはない気がする。
「いつまで不貞腐れてんだ。そろそろ戻ろう」
「……そうね。お腹も空いてきたし、今日は――」
「きゃぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!」
甲高い悲鳴が響いた。
考えるまでもなく、俺の体は走りだしていた。
アカネも杖に乗り、飛んで追いかけてくる。
森の中を全速で走り木々の隙間を抜けていくと、大樹を背に神官服を着た女性が二人、多数のゴブリンに囲まれていた。
「鬼隠森」の外縁付近に棲みつく小鬼の魔物。繁殖力が高く、時折人里に降りてきては人間の女を攫い苗床にする習性があると聞いた。
見つけ次第駆除対象でもある。
俺は腰に佩いた刀を抜き、アカネに指示を出す。
「アカネ、魔法でゴブリンとあの人たちの間隔ててほしい」
返事がない。
チラリと振り返ると、アカネが瞳が憎悪に染まっていた。
何だ……?
よく見ると、神官服の左胸辺りに聖王国の紋章が付けられていた。
アカネと聖王国に何が……いや、今はそんなことを考えている暇はない。
「アカネ!」
「っ! な、何!?」
「あの人たちとゴブリンを魔法で隔ててくれ。……今は、何も考えるな」
「…………わかったわ」
大きく息を吸いアカネが手をかざすと、女性たちとゴブリンの間に氷壁が立てられた。
動揺し、動きが止まるゴブリンの群れ。
その隙を逃さず、ゴブリンの首を一体ずつ斬り落としていく。
そう時間もかからず、群れの討伐は終わり、刀の血を払い鞘に納める。
ふぅ、と一息つく。
「さて……」
問題はこれからだ。
未だ氷壁を消さず、壁越しに女神官を睨むアカネ。
アカネの視線、もしくはゴブリンに襲われた恐怖で震える神官たち。
何やらひと悶着ありそうだ……。
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