第6話 無銘

 パーティーを組むと決まった後の、アカネの行動は早かった。

 嬉しそうにスキップをしながら受付のシーナさんのところまで行き、パーティー登録の手続きをする。

 目深に被った魔女帽の奥は不機嫌そうな表情をしていることが多かったが、意外と可愛らしい一面もあるらしい。

 彼女のそんな様子を見た男たちは、驚愕の表情を浮かべていたり、弾む双丘に目を奪われ酒を零したりしている。

 やはり彼女といるのは目立つかもしれない。早まったかな……。


「ふふ~ん♪ おまたせ! パーティー登録も済ませてきたわ!」

「お、おう……」


 上機嫌だとは思ったが、思っていた以上に浮かれている。

 そんなにパーティーを組めたことが嬉しいのか。それとも俺と組めたのが……い、いや、自意識過剰にもほどがあるな。


「私たちがパーティーを組むって言ったら、シーナがすっごく驚いてたわ。『うえぇぇぇっ!?』って」

「そりゃ、そうなるよ。〝無職〟の新人と期待の魔法士さんじゃ釣り合いがとれてないもんな」

「むっ。そういうの嫌い。私とパーティーを組むんだから、自分を過剰に卑下するのはやめなさい。私が認めた男よ。もっと自信を持ちなさい!」


 めっ! と指を突き付けて俺を叱る。

 その姿が懐かしいあの子たちと重なり、苦笑い。多少の未練が残っているらしい。

 どんなに切り離しても、大事な思い出と言うのは簡単には消えてくれないものだ。


「何笑ってるのよ……?」

「いや、何でもないよ」

「ふーん。まあ、いいわ。それよりいくつか注意事項があるのだけど、聞く?」

「もちろん。大事なことだからね」


 そうして彼女からパーティー結成に関する注意事項を聞いた。


 一、パーティーとして受けられる依頼難易度は、ランクの高い者に合わせる。

 二、報酬の分配はパーティーで各々決める。

 三、パーティー内での揉め事に、冒険者ギルドは基本干渉しない。

 四、パーティーとなっても、冒険者は自己責任


「つまり、依頼はアカネの受けられるランクに合わせることができるってだけで、後は自分たちで勝手にどうぞ。って感じだね」

「そうよ。冒険者だもの。無駄に多く規制を作る必要はないわ。冒険者とは、自由なんだから」


 なるほど。

 確かにアカネの言う通り。自由であることが、冒険者の特権。そう言っても過言ではない。

 その実例を、俺は知っている。


「そう言えば、登録するときに冒険者ギルドの仕組みとか聞いた?」

「ああ……そう言えば、聞いてないな」

「そう。さっきシーナが説明を忘れたってあわあわしてたわ。あの子、時々抜けてるのよね」


 アカネはやれやれと肩を竦める。

 何だかんだ言ってるが、シーナさんとは仲良しなのだろう。


「私が簡単に説明してあげるわ。


 まず、冒険者ギルドは世界中にある大きな組織の一つ。魔物討伐や素材採集、果てはペットの捜索までこなす何でも屋。柄の悪い奴とかいっぱいいるけど、基本的には困っている人の味方よ。

 そして、冒険者にはランクが存在する。Fから順に上がって行って、EDCBAS、最高ランクが特Sランク。世界にも数えるほどしかいない、数多くの偉業を残した英雄たち。それぞれ物語が作られるくらいにね。彼らに憧れて冒険者になる人も多いわ。

 冒険者が受けられる依頼は、自分のランクの一つ上まで。これは冒険者が背伸びして、無謀な挑戦を避けるためにギルドが制定したの。自分の身の丈に合った依頼を受けるようにって。かつては馬鹿な冒険者が多かったらしく、無駄に命を散らすこともたくさんあったそうなの。


 何度も言ってるように、冒険者は常に自己責任。依頼を放棄して自分の命を優先するか、果敢に挑戦して怪我を負って引退するか。全て自分たちで選択しなければならない。その覚悟が無ければ冒険者なんて辞めた方が良い……って、あなたに言っても意味ないわね。


 あなたの目を見ればわかるわ。自分の命を賭してでも叶えたい願いがあるって。私も同じよ。命を懸けて到達しなければならない頂がある。

 目指す道は違うかもしれない。でも、お互いに前だけを見て歩き続ける覚悟を持っている。あなたとパーティーを組んだことは間違いじゃなかった。どれくらい一緒にいられるか分からないけど、これからよろしくね」


 そう締めくくり、アカネは笑う。

 決まったことをいつまでもうだうだ考えるのはやめよう。これからは彼女と共に――何かを思い出したアカネがハッと声を上げた。


「そう言えば、パーティー名を決めてなかったわ」

「……それって必要?」

「ほとんどの冒険者がパーティーを組んで活動してるの。区別するためにはそれぞれ名前が必要じゃない。何にする? 『赤魔女と黒髪無職』なんてどうかしら?」

「はい?」

「他には……『魔女と剣士の愉快なコンビ』とか」


 おっと。アカネさん、ネーミングセンスとやらをどこかに置いてきてしまったようだ。

 とはいえ、俺も大して名付けに良い感性なんて持ち合わせていない。

 こういう時は、先生の言葉から……――。


「あとはねぇ」

「――『無銘』」

「? むめい……?」

「『優れた名工はあえて銘を付けないこともある。それは分かる者にはその刀の価値がわかるからだ』。俺の剣の師がそう言っていた。女だから、〝無職〟だからと舐められることがこれからたくさんあると思う。別に馬鹿にしたい奴には言わせておけばいい。分かる人は、必ず俺たちの価値を理解してくれる。そのためにも、俺たちは常に己を磨いていく。そんな意味を込めて『無銘』」

「ふーん。悪くないわね。じゃ、それにしましょう。シーナに伝えてくるわ」


 アカネが立ち上がり、再び受付のシーナさんの下へ向かう。

 ……危ない。危うく大惨事になるところだった。


 そうして、アカネがパーティー名を登録し、これから『無銘』として活動することとなった。




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