第4話 試験終了
地下修練場でジンと向かい合う。
歳は十七。私より一つ下だったらしい。身長は彼の方が少し高いくらい。
背中まで伸びた黒髪を一つに束ね、綺麗な衣服を纏う姿は良家の子息のようだ。
これから行うのはあくまでも試練。
彼の力量を試すのには丁度いいと、無理を言って試験官をさせてもらうことができた。
私たちの話にこっそりと耳を傾けていた冒険者たちが、野次馬根性よろしく地下修練場に集まってくる。
正直鬱陶しいこと極まりないのだが、それ以上に私の意識は彼に向いていた。
「準備は良いのかしら? 本当に」
「ん? ああ、別に死合うわけじゃないからさ。これで十分」
彼の持つ武器は、片刃の反りのある木剣。
いかに試験とは言え、魔法士を相手に木剣とは舐めすぎじゃない?
「まあ、いいわ。後悔しないことね」
開始の合図はない。というか、私が勝手に始めるだけ。
私の魔杖から奇襲のごとく、ジンへと火球を放つ。
威力、速度ともに問題なし。不意打ちみたいになったが、実戦ではままあることだ。
これに対応できないようではどうせすぐに死ぬ。
だが……――。
「へぇ。詠唱無しで魔法を。すごいんだね」
焦った様子もなく、軽々と回避。
その余裕そうな表情を崩したくなり、私は火球を連続で放った。
本来魔法とは、詠唱によって神へと希い、奇跡の力を行使するもの。
もしくは何かを媒介に、特殊な力を扱うものである。
大抵の魔法士は詠唱を必要とするが、私は与えられた職業故か詠唱が必要なかった。
だが、あんな無駄に長い詠唱を戦闘中にグダグダやってるのは無駄でしかない。その点は私の職に感謝している。
……それ以上に苦労させられたこともあるけど。
ジンは私の火球を難なく回避し続ける。
避けた先を狙っても、それすら読まれているかのように回避。
一向に攻撃してくる様子がないのはどうしてだろうか。
私は思案し、少し彼を煽ってみることにした。
「逃げ回るだけ? その剣はお飾りかしら?」
「はは。足腰には自信があるよ」
「……その上辺だけの笑み、やめてくれる? 気持ち悪いから」
「辛辣だなぁ……。処世術って大事だと思うけど」
「冒険者にそんなものは必要ないわ。求められるのは力のみ。あなた、何か目的があって冒険者になろうとしているんでしょ? だったら、見せてみなさい!」
火球を広げつつ風刃も織り交ぜ、ジンを追い込む。
風にあおられた炎は、周囲に燃え広がりジンの逃げ場を塞いでいく。
ジンの足が止まったところを狙い、最速の光の矢を放つ。
「……なっ!?」
彼の目には何が見えているのだろう。
その場から一歩も動かず、体や頭を少しずらすだけで光矢を躱す。
「さすがにちょっと熱いかな……」
ジンはそう呟くと、木剣を真横に一閃。
彼を囲んでいた炎が、剣圧で吹き飛んだ。
「もういい? 十分実力は見せたと思うけど」
ジンはシーナに訊ねた。
シーナもうんうんと頷き、試験を終了させようとする。
まだ、終わりじゃない。まだ何も、彼の力を見せてもらっていない。
私は炎水氷雷光風、あらゆる属性の矢を形成、そしてジンへと放った。
シーナがぎょっとした顔をしている。野次馬していた冒険者たちも驚愕の顔。
こんな公に魔法行使をしたことがないから、半信半疑だった私の実力も知られてしまう。
だが、そんなことはどうだっていい!
今は、彼のあの余裕を崩すことだけ考えていればいい。
魔法矢の固定砲台となった私は、これだけやっても表情を変えないジンを見て、決意を固めた。
――殺す気でやらないと。
私は思い切り親指を咬む。
私のとっておきを使うための媒介が溢れだす。
指から赤い雫が流れ、魔杖を赤く染め上げる。
私は無造作に杖を振るった。
「――〈血穿〉」
岩をも砕く血の弾丸が無造作に解き放たれた。
すると、彼の表情から笑みは消え顔つきが変わった。
ようやく、彼が私を見た。
木剣を振り、血穿を弾く。散らされた血液が修練場の床に赤い染みを作る。
……好都合だ。
魔杖で床を叩き、広がった血を使用。この魔法は読めないだろう。
「――〈血槍〉」
床から赤黒い凶槍が、ジンへ襲い掛かる。
咄嗟に回避するも間に合わず、血槍が脇腹を抉る。
「……ぐ……っ!?」
「アカネさん!? やり過ぎです!!」
シーナの悲鳴じみた制止が聞こえる。
さすがに私もこれは――ジンが手を挙げシーナを牽制した。
「……殺すつもりで来るなら、容赦はしない。女に手を上げるのは気が進まないが、先に仕掛けてきたのはそっちだ。悪く思うなよ」
そう言うと、ジンと私の視線が交錯。
途端に息が苦しくなる。
「……はっ……はっ……はぁ……っ……!?」
ジンが悠然と無防備に近づいてくる。
隙だらけなのに、なぜか魔法が発動しない。
どうしていきなり……!?
近寄ってきたジンは、荒い呼吸をする私の目の前で木剣を振り上げた。
やられる……っ!
目を閉じた私にジンは――
「――いたっ!?」
額に鈍痛。
目を開けてみると、指で額を弾いたような姿勢。
至近距離にジンの顔。
「はい、これでおしまい。俺の勝ちな」
悪戯が成功したような子供っぽい笑みを浮かべるジンに、思わず目を奪われてしまった。
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