第2話 ギルドでのいざこざ

 驚愕の叫びは、徐々に容赦のない爆笑へと変化していく。

 どうやら言葉の意味を理解したらしい。

 こうなることはある程度覚悟していたのだが、人間とはこうも無遠慮な視線を向けてくるのかと少し苛立ちを感じる。

 そもそも人の集まる場所に来るのは七年ぶりだ。もう夜も更けてきているというのに、冒険者ギルドにこんなに人が集まっているとは思わなかった。

 もう少し人のいない時間に来るべきだったと多少後悔したが、それも今更言っても仕方がない。


 だが……。


「ぶはははは! 〝無職〟って……おいおい、笑わせてくれるじゃねぇか!」

「おい、そんな笑ってやるなよ! かわいそうだろ!」

「おい、酒だ! 酒を持ってこい! こんな面白い話、酒が無きゃ聞けねぇ」


 こんなに馬鹿にされるとさすがに腹が立つ。

 別に喧嘩したいわけじゃないが、一発くらい殴っても問題ないよな。

 ……っと、落ち着け。深呼吸だ。面倒ごとは極力控えろって先生も言ってたし。

 すぅーっと息を吐いて、暴れだしそうな感情を抑える。ふぅ……。


「あの……〝無職〟っていう職業でいいんですよね……?」

「……そんなわけないよね。職業を与えられてないってことだから」

「そ、そうですよねっ! 失礼しましたっ!」


 おずおずと変なことを聞いてくる受付のお姉さん。

 呆れつつ言葉を返すと、あわあわしながら頭を下げる。

 彼女は特に俺を馬鹿にするわけでもなく、職業がないことを心配してくれているように感じる。

 正直、今となってはそこまで気にしていないから余計な心配ではあるのだが、悪い気はしない。

 このお姉さんは底抜けに良い人なんだと思う。


 それより気になるのは、隣で唖然としている魔法士姿の女性。大きな帽子で顔を隠しているみたいだが、この容姿では注目されるのは避けられないだろう。

 だが、ギルド内にいる粗野な冒険者たちはこの女性に気が付いていない様子。

 魔法か何かで欺瞞しているのかな。

 特に害意は持っていないみたいだし、放っておこう。


 改めて受付のお姉さんに冒険者登録を頼む。

 しかし、それを邪魔するかのように杯を持った大男が受付の机を思い切り叩いた。

 バンッ! という音に驚き体を震わすお姉さん。そういうのは良くないなぁ……。


「おい、小僧。ここがどこかわかってんのか? ここは天下の冒険者ギルドだ。確かな実力を持った戦士が来る場所だぞ? おめえみてぇな無職野郎が来ていいところじゃねぇ。とっとと帰ってママの乳でもしゃぶってろ!」


 完全に俺を見下している視線。これだけ敵意を向けられて何もしないわけにはいかない。

 多少やり返すくらいならいいかな。


「……冒険者は、誰でもなれる。そう聞いていたんだけど?」

「ああ、間違いねぇ。だが、それは力を持っているという前提だ。無職の何も持ってねぇガキは論外だろ。お前みたいなのが冒険者になっちまったら、俺たちの名誉に傷が付いちまう。諦めて出ていけ」


 なるほど。それは確かに一理ある話だ。

 だが、〝無職〟だからと言って何の力もないというのは、見識が狭すぎる。

 戦場であらゆる可能性を想定していなければ、即死。先生から教わったことだ。

 それもできていないみたいだから、少し煽ってみよう。


「随分と狭い世界で威張り散らしているみたいだけど……アンタ、傷がつくような名誉があるの?」

「あ゛ぁ? てめぇ、今なんつった? 無職の分際で俺を馬鹿にしてんのか!?」


 怒った大男は、拳を振り上げ殴りかかってくる。

 ――遅い。

 軽々と避け、彼の頭、立派なトサカが生えている頭頂部へ指を差した。


「あ? 何のつもりだ?」

「気にしなくていいよ。もう終わったから。――お姉さん、また明日来るよ。登録はその時でいいから。換金もよろしく」

「え……あ、はい……」


 大男の横を通り、俺を睨みつけてくる冒険者たちの間を抜け、ギルドを出た。

 飯は食べたし、辛うじて今日の宿代くらいはある。

 久しぶりの街で少し高揚していたみたいだ。今日は早めに休むとしよう。




 ◇◇◇



 ジン、と名乗った〝無職〟の少年。

 彼は長い黒髪を揺らし、欠伸をしながらギルドを出ていった。


 私の目の前には、自慢のトサカが無くなりショックを受けている大男の姿。


「お、俺の、髪が……っ」


 大の大人が髪のことで滂沱の涙を流している。

 彼の仲間らしき人たちが駆け寄り慰めている、何とも不思議な光景。


 彼の髪の毛を奪ったのは、先ほどの少年だ。

 あの男に指を突き付けたかと思うと、一瞬だけ指先がぶれたのを視認した。

 何人か気が付いた冒険者もいるだろう。彼の指がほんの数瞬、刹那の間だけ魔力を纏っていた。

 ごく少量の魔力で薄い刃を指先に形成、そして一瞬で男の髪を刈り取ったのだろう。

 魔法士である私だからこそ、彼が何を成したのか理解できた。


「……一体何者なの、彼は……?」


 私の頭の中は、ジンという少年のことでいっぱいだった。





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